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梅雨の晴れ間(第二倉庫→田んぼ)、2018年6月16日

6月の講演の告知&梅雨入りの安泰寺、2018年6月9・11日

6/24 仙台の国際ヨガdayの一環で、『ZEN FOR NOTHING』の上映会があります。お近くの方はぜひお出かけください。www.yogacco.com

仏教伝道協会 「ネルケ無方の処方箋」:VOL.02 育てること、育つこと

17日(日) 名古屋市 朝日カルチャーセンター名古屋教室 13:00~14:30 講義 15:00~16:30 椅子禅
18日(月) 東京都 神保町 19:00~21:00 サンガくらぶ「120分de仏教書」 
19日(火) 新潟県 長岡市 興国寺  19:00~21:00 仏教文化講話
20日(水) 新潟県 長岡市 興国寺  6:00~7:00 仏教文化講話(講演後、朝粥)
20日(水) 東京都 日本橋 Kandyで、15:00~17:00 “Sex&Money” 藤田一照師と「お金」について対談。申し込み:kandyアッとvkj.co.jp 件名:「法話会」
23・24日(土・日) 新温泉町 西光寺 永代経で講演(三回)。
25日(月) 京都府 宮津市 智源寺 13:30~15:00: 「弁道話」(第三回目)

6月の講演の告知&梅雨入りの安泰寺、2018年6月9・11日

6/24 仙台の国際ヨガdayの一環で、『ZEN FOR NOTHING』の上映会があります。お近くの方はぜひお出かけください。www.yogacco.com

仏教伝道協会 「ネルケ無方の処方箋」:VOL.02 育てること、育つこと

17日(日) 名古屋市 朝日カルチャーセンター名古屋教室 13:00~14:30 講義 15:00~16:30 椅子禅
18日(月) 東京都 神保町 19:00~21:00 サンガくらぶ「120分de仏教書」 
19日(火) 新潟県 長岡市 興国寺  19:00~21:00 仏教文化講話
20日(水) 新潟県 長岡市 興国寺  6:00~7:00 仏教文化講話(講演後、朝粥)
20日(水) 東京都 日本橋 Kandyで、15:00~17:00 “Sex&Money” 藤田一照師と「お金」について対談。申し込み:kandyアッとvkj.co.jp 件名:「法話会」
23・24日(土・日) 新温泉町 西光寺 永代経で講演(三回)。
25日(月) 京都府 宮津市 智源寺 13:30~15:00: 「弁道話」(第三回目)

6月の講演の告知&梅雨入りの安泰寺、2018年6月6・9日

10日(日) 大阪市  朝日カルチャーセンター中之島教室 11:00~12:30 講義 13:15~14:45 椅子禅
17日(日) 名古屋市 朝日カルチャーセンター名古屋教室 13:00~14:30 講義 15:00~16:30 椅子禅
18日(月) 東京都 神保町 19:00~21:00 サンガくらぶ「120分de仏教書」 
19日(火) 新潟県 長岡市 興国寺  19:00~21:00 仏教文化講話
20日(水) 新潟県 長岡市 興国寺  6:00~7:00 仏教文化講話(講演後、朝粥)
20日(水) 東京都 日本橋 Kandyで、15:00~17:00 “Sex&Money” 藤田一照師と「お金」について対談。申し込み:kandyアッとvkj.co.jp 件名:「法話会」
23・24日(土・日) 新温泉町 西光寺 永代経で講演(三回)。
25日(月) 京都府 宮津市 智源寺 13:30~15:00: 「弁道話」(第三回目)

仏教伝道協会 「ネルケ無方の処方箋」:VOL.02 育てること、育つこと

正法眼蔵・行持の講義、2018年5月31日

いまの見佛聞法は、佛祖面面の行持よりきたれる慈恩なり。佛祖もし單傳せずは、いかにしてか今日にいたらん。一句の恩なほ報謝すべし、一法の恩なほ報謝すべし。いはんや正法眼藏無上大法の大恩、これを報謝せざらんや。一日に無量恆河沙の身命すてんこと、ねがふべし。法のためにすてんかばねは、世世のわれら、かへりて禮拜供養すべし。諸天龍神ともに恭敬尊重し、守護讃歎するところなり、道理それ必然なるがゆゑに。
 西天竺國には、髑髏をうり髑髏をかふ婆羅門の法、ひさしく風聞せり。これ聞法の人の髑髏形骸の功徳おほきことを尊重するなり。いま道のために身命をすてざれば、聞法の功徳いたらず。身命をかへりみず聞法するがごときは、その聞法成熟するなり。この髑髏は、尊重すべきなり。いまわれら、道のためにすてざらん髑髏は、他日にさらされて野外にすてらるとも、たれかこれを禮拜せん、たれかこれを賣買せん。今日の精魂、かへりてうらむべし。鬼の先骨をうつありき、天の先骨を禮せしあり。いたづらに塵土に化するときをおもひやれば、いまの愛惜なし、のちのあはれみあり。もよほさるるところは、みん人のなみだのごとくなるべし。いたづらに塵土に化して人にいとはれん髑髏をもて、よくさいはひに佛正法を行持すべし。
 このゆゑに、寒苦をおづることなかれ、寒苦いまだ人をやぶらず、寒苦いまだ道をやぶらず。ただ不修をおづべし、不修それ人をやぶり、道をやぶる。暑熱をおづることなかれ、暑熱いまだ人をやぶらず、暑熱いまだ道をやぶらず。不修よく人をやぶり、道をやぶる。麥をうけ、蕨をとるは、道俗の勝躅なり。血をもとめ、乳をもとめて、鬼畜にならはざるべし。ただまさに行持なる一日は、緒佛の行履なり。(http://www.shomonji.or.jp/soroku/genzou16b/index.html)

In that we have encountered Buddha and heard the Dharma today, we are indebted for the loving-kindness evinced by the ceaseless practice of each and every Buddha and Ancestor. Had the Buddhas and Ancestors not directly Transmitted the Dharma to us, how could It possibly have reached us in the present? We should repay our indebtedness for even a single line of verse, and we should repay our indebtedness for even a single Teaching. How much more should we repay our immeasurable indebtedness for the unsurpassed great Dharma of the Treasure House of the Eye of the True Teaching! All day long, we should desire to give up our own lives, which have been as innumerable as the sands of the Ganges. In generation after generation, we should bow in deepest respect and make alms offerings to the bodies that we have abandoned for the sake of the Dharma. Together with all the celestial beings, dragons, and divine spirits, we should venerate and esteem these bodies, for they are something to protect and praise, because the principle of gratitude underlying this veneration is indispensable.
The practice of the Brahmans who buy and sell skulls has long been reported in India. They have deeply revered the numerous, meritorious virtues of the skulls and bones of those who have hearkened to the Dharma. Now, if we do not give up our own lives for the sake of the Way, we will not attain the meritorious virtue of having heard the Teaching. If we hearken to the Dharma without giving a thought for life and limb, that hearing of the Dharma will fully ripen, and this skull of ours will be revered. […]

弁道話講義(二回目)、2018年5月25日

諸佛如來ともに妙法を單傳して、阿耨菩提を證するに、最上無爲の妙術あり。これただ、ほとけ佛にさづけてよこしまなることなきは、すなはち自受用三昧、その標準なり。この三昧に遊化するに、端坐参禪を正門とせり。

「蝦蟇蚯蚓」「乾屎橛」「麻三斤」「庭前の柏樹子」「即心即仏」「非心非仏」

山僧叢林を歴ること多からず。ただ是れ等閑(なおざり)に天童先師に見えて、当下に眼横鼻直なることを認得して人に瞞ぜられず。すなわち空手還郷す。ゆえに一毫も仏法無し。任運に且く時を延ぶ。朝朝、日は東より出で、夜夜、月は西に沈む。雲収て山骨露れ、雨過ぎて四山低し。(永平広録・卍山本)

上堂に、云く。山僧、是、叢林を歴ること多からず。只、是、等閑に先師天童に見えしのみなり。然れども、天童に瞞ぜられず、天童還って、山僧に瞞ぜらる。近来、空手にして郷に還る。所以に山僧、無仏法なり。任運に、且く延時す。朝朝の日、東に出でて、夜夜の月、西に落つ。雲、収まって山谷静かなり、雨、過ぎて四山低り。三年には必ず一閏、鶏は五更に向って啼く、と。(永平公録・祖山本)

三位一体論    父(創造主)・聖霊       ・子(救済主であるイエス)
仏身論(三身説) 法身(仏性)・報身(仏性の働き)・応身(色身・現実の身体)

五月晴れの放参、2018年5月21日

本堂回り、2018年5月18日

本堂回り、2018年5月11日

典座リトリートの講義、田植えと最後のキャンプファイヤー、2018年5月1~6日