安泰寺 – antaiji

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「ネルケ無方の処方箋」&本堂回り、2018年8月7日

本の紹介:曽我逸郎著『苦をつくらない』、2018年2018年8月2日

現代の維摩居士、ついに現れた! 既成仏教とは全く違った、斬新な仏教理解に興味を持つ方には、曽我逸郎さんの新著とサイトをお勧めします:
mujou-muga-engi.com
dia.janis.or.jp/~soga
曽我逸郎さんは批判仏教の影響で、自らの考え方を一新させ、その回心・改新・開進の過程を綴っている方です。それぞれのサイトの「意見交換」コーナーでは、私とのやり取りも載っています。

台風一過、2018年7月29日

弁道話講義(四回目)、2018年7月25日

辨道話 講義(4) 二〇一八年七月二十五日

諸仏如来、ともに妙法を単伝して、阿耨菩提を証するに、最上無為の妙術あり。
これただほとけ仏にさづけて、よこしまなることなきは、すなはち自受用三昧、その標準なり。この三昧に遊化(ゆげ)するに、端坐参禅を正門とせり。
この法は、人人の分上に、ゆたかにそなはれりといへども、いまだ修せざるにはあらはれず、証せざるには、うることなし。
はなてば、てにみてり、一多のきはならむや。かたれば、くちにみつ、縦横きはまりなし。
諸仏のつねに、このなかに住持たる、各各の方面に知覚をのこさず。
群生のとこしなへに、このなかに使用する、各各の知覚に方面あらはれず。
いまおしふる功夫辨道は、証上に万法をあらしめ、出路に一如を行ずるなり。
その超関脱落のとき、この節目(せつもく)にかかはらむや。
予(よ)、発心求法(ほっしんぐほう)よりこのかた、わが朝(ちょう)の遍方に知識をとぶらひき。ちなみに建仁の全公をみる。あひしたがふ霜華すみやかに九廻(くかい)をへたり。いささか臨済の家風をきく。全公は祖師 西和尚の上足として、ひとり無上の仏法を正伝せり。あへて余輩のならぶべきにあらず。
予、かさねて大宋国におもむき、知識を両浙にとぶらひ、家風を五門にきく。つひに太白峰の浄禅師に参じて、一生参学の大事ここにをはりぬ。
それよりのち、大宋 紹定のはじめ、本郷にかへりし、すなはち弘法(ぐほう)求生(ぐしょう)をおもひとせり。なほ重担をかたにおけるがごとし。
しかあるに、弘通(ぐづう)のこころを放下せん、激揚のときをまつゆゑに、しばらく雲遊萍寄(うんゆうひょうき)して、まさに先哲の風をきこえんとす。ただし、おのづから名利にかかはらず、道念をさきとせん真実の参学あらんか。
いたづらに邪師にまどはされて、みだりに正解(しょうげ)をおほひ、むなしく自狂にゑふて、ひさしく迷郷にしづまん、なにによりてか般若の正種を長じ、得道の時をえん。貧道はいま雲遊萍寄をこととすれば、いづれの山川をかとぶらはん。
これをあはれむゆゑに、まのあたり大宋国にして禅林の風規を見聞し、知識の玄旨を稟持(ぼんじ)せしを、しるしあつめて、参学閑道の人にのこして、仏家の正法をしらしめんとす。これ真訣ならんかも。
いはく、
大師釈尊、霊山会上(りょうぜんえじょう)にして法を迦葉につけ、祖祖正伝して菩提達磨尊者にいたる。尊者みづから神丹国におもむき、法を慧可大師につけき。これ東地の仏法伝来のはじめなり。かくのごとく単伝して、おのづから六祖 大鑑禅師にいたる。このとき、真実の仏法まさに東漢に流演(るえん)して、節目にかかはらぬむねあらはれき。ときに六祖に二位の神足ありき。南嶽の懐譲と青原の行思シ)となり。ともに仏印(ぶっちん)を伝持して、おなじく人天の導師なり。その二派の流通(るづう)するに、よく五門ひらけたり。いはゆる法眼宗、潙仰宗、曹洞宗、雲門宗、臨済宗なり。見在(げんざい)、大宋には臨済宗のみ天下にあまねし。五家(ごけ)ことなれども、ただ一仏心印なり。
大宋国も後漢よりこのかた、教籍(きょうせき)あとをたれて一天にしけりといへども、雌雄(しゆう)いまださだめざりき。祖師西来ののち、直に葛藤の根源をきり、純一の仏法ひろまれり。わがくにも又しかあらん事をこひねがふべし。
いはく、仏法を住持せし諸祖ならびに諸仏、ともに自受用三昧に端坐依行するを、その開悟のまさしきみちとせり。
西天東地、さとりをえし人、その風にしたがへり。これ、師資(しし)ひそかに妙術を正伝し、真訣を稟持せしによりてなり。
宗門の正伝にいはく、「この単伝正直の仏法は、最上のなかに最上なり。参見知識のはじめより、さらに焼香、礼拝、念仏、修懺(しゅさん)、看経をもちゐず、ただし打坐して身心脱落することをえよ」
もし人、一時なりといふとも、三業に仏印を標し、三昧に端坐するとき、遍法界みな仏印となり、尽虚空ことごとくさとりとなる。 
ゆゑに、諸仏如来をしては本地の法楽をまし、覚道の荘厳をあらたにす。および十方法界、三途六道の群類、みなともに一時に身心明浄にして、大解脱地を証し、本来面目現ずるとき、諸法みな正覚を証会(しょうえ)し、万物ともに仏身を使用して、すみやかに証会の辺際を一超して、覚樹王に端坐して、一時に無等等の大法輪を転じ、究竟(くきょう)無為の深般若を開演す。
これらの等正覚、さらにかへりて したしくあひ冥資(みょうし)するみちかよふがゆえに、この坐禅人、確爾(かくじ)として身心脱落し、従来雑穢(ぞうえ)の知見思量を截断(せつだん)して、天真の仏法に証会し、あまねく微塵際(みじんさい)そこばくの諸仏如来の道場ごとに仏事を助発(じょほつ)し、ひろく仏向上の機にかうぶらしめて、よく仏向上の法を激揚す。
このとき、十方法界の土地、草木、牆壁(しょうへき)、瓦礫(がりゃく)、みな仏事をなすをもて、そのおこすところの風水の利益にあづかるともがら、みな甚妙(じんみょう)不可思議の仏化に冥資せられて、ちかきさとりをあらはす。
この水火を受用するたぐひ、みな本証の仏化を周旋(しゅうせん)するゆえに、これらのたぐひと共住(ぐじゅう)して同語するもの、またことごとくあいたがひに無窮の仏徳そなはり、展転広作(てんでんこうさ)して、無尽、無間断(むけんだん)、不可思議、不可称量の仏法を、遍法界の内外に流通するものなり。
しかあれども、このもろもろの当人の知覚に昏(こん)ぜざらしむることは、静中(じょうちゅう)の無造作にして直証なるをもてなり。もし、凡流(ぼんる)の おもひのごとく、修証を両段にあらせば、おのおのあひ覚知すべきなり。もし覚知にまじはるは証則にあらず、証則には迷情およばざるがゆえに。
又、心境ともに静中の証入、悟出あれども、自受用の境界なるをもて、一塵をうごかさず、一相をやぶらず、広大の仏事、甚深微妙の仏化をなす。
この化道(けどう)のおよぶところの草木、土地ともに大光明をはなち、深妙法をとくこと、きはまるときなし。草木牆壁(そうもくしょうへき)はよく凡聖含霊(ぼんしょうがんれい)のために宣揚(せんよう)し、凡聖含霊はかへって草木牆壁のために演暢(えんちょう)す。
自覚、覚他の境界、もとより証相をそなへてかけたることなく、証則おこなはれておこたるときなからしむ。
ここをもて、わづかに一人一時の坐禅なりといへども、諸法とあひ冥(みょう)し、諸時とまどかに通ずるがゆゑに、無尽法界のなかに、去来現(こらいげん)に、常恒(じょうごう)の仏化道事をなすなり。
彼彼(ひひ)ともに一等の同修なり、同証なり。ただ坐上の修のみにあらず、空をうちてひびきをなすこと、撞(とう)の前後に妙声綿綿(みょうしょうめんめんん)たるものなり。
このきはのみにかぎらむや、百頭(はくとう)みな本面目に本修行をそなへて、はかりはかるべきにあらず。
しるべし、たとひ十方無量恒河沙数(むりょうごうがしゃすう)の諸仏、ともにちからをはげまして、仏智慧をもて、一人坐禅の功徳をはかり、しりきはめんとすといふとも、あへてほとりをうることあらじ。

本の紹介『今を生きるための般若心経の話』『仏教経済研究』『鈴木大拙ー日本人のこころの言葉』『意識と本質』『進みと安らい』『スッタニパータ』、2018年7月23日

7月26日 10:00 第19回夏期大学講座「禅といま」奥村正博老師「菩薩の誓願」
7月27日 15:30~17:30 ACC 新宿教室 坐禅実修
7月27日 18:30~20:30 ACC 新宿教室 ふたりの禅僧対談
7月30日 19:00~20:30 由比ガ浜公会堂 『今を生きるための般若心経の話』刊行記念対談

エルンスト・シューマッハー著『スモール イズ ビューティフル』 第四章「仏教経済学」

 仏教の八正道の一つに「正しい生活」がある。したがって、仏教経済学があってしかるべきである。…〈中略〉…経済学者も多くの専門家の例にもれず、経済学は絶対・不変の真理をもつ科学であり、それには何の前提もないという形而上学的な誤りをよくおかしている。その中には、経済法則というものが重力の法則のように、「形而上学」ないし「価値」と無縁であると主張している者さえいる。しかし、ここでは方法論の論議に立ち入る必要はない。その代りに基本的な問題をとりあげて、それを現代経済学から見た場合と、仏教経済学から見た場合とで、どのように違うかを眺めてみよう。
 富の基本的な源泉が人間の労働であるという点については、だれしも異論はないところである。さて、現代の経済学者は「労働」や仕事を必要悪ぐらいにしか考えない教育を受けている。雇い主の観念からすれば、労働はしょせん一つのコストにすぎず、これは、たとえばオートメーションを採り入れて、理想的にはゼロにしたいとところである。労働者の観点からいえば、労働は「非効用」である。働くということは、余暇と楽しみを犠牲にすることであり、この犠牲を償うのが賃金ということになる。したがって、雇い主からすれば、雇用者なしで生産することが理想であるし、雇い人の立場からすれば働かないで所得を得ることが理想である。
 このような態度が理論と実践に及ぼす影響は、いうまでもなくきわめて甚大である。仕事. についての理想が仕事を逃れることであるとすれば、「仕事を減らせる」ならどんな方法でもよいことになる。オートメーションを別とすれば、いちばん効果のある方法は、いわゆる「分業」である。…〈中略〉…ここで扱われているのは、人類が大昔から行なってきた通常の分業ではなくて、一つの完結した生産工程を分割して、完成品を高速度で生産できるようにする分業であり、この分業では、個々の労働者はまったく無意味で訓練もほとんどいらない手足の動作だけを繰り返せばよいのである。
 仏教の観点からすると、仕事の役割というものは少なくとも三つある。人間にその能力を発揮・向上させる場を与えること、一つの仕事を他に人たちとともにすることを通じて自己中心的な態度を捨てさせること、そして、最後に、まっとうな生活に必要な財とサービスを造り出すことである。
 ここでも、このような考え方の影響するところは甚大である。 仕事というものを労働者にとって無意味な退屈で、いやになるような、ないし神経をすりへらすようなものにすることは、犯罪スレスレである。それは人間よりもモノに注意を向けることであり、慈悲心を欠くことであり、人間生活のいちばん遅れた面にやみくもに執着することである。
 同じように、仕事の代わりに余暇を求めるのは、人生の基本的な真理を正しく理解していない。その真理とは、仕事と余暇は相補って生という一つの過程を作っているものであって、二つを切り離してしまうと、仕事の喜びも余暇の楽しみも失われ仕事の喜びも余暇の楽しみも失われてしまうことである。
 仏教徒の立場からすれば、機械化には二種類あって、それははっきりと区別しなければならない。第一は人間の技能と能力を高める機械化であり、第二は人間の仕事を機械という奴. 隷に引き渡し、人間をその奴隷への奉仕者にしてしまう機械化である。…〈中略〉…
 人間は仕事がまったく見つからないと、絶望に陥るが、それは単に収入がなくなるからではなくて、規律正しい仕事だけが持っている、人間を豊かにし活力を与える要素が失われてしまうのが原因である。現代の経済学者は、完全雇用は「引き合うか」とか、労働の移動性を高め、賃金をもっと安定させるためには、完全雇用よりやや低めの雇用状態で経済を運営するのがより「経済的」ではないか、などについて精緻な研究を行なうだろう。その場合、成功の決め手になるのは、一定期間に生産される財の量である。…〈中略〉…
 仏教的な考え方からすれば、それは真理をさかさまにしたもの、モノを人間より尊び、創造的活動より消費を重視するものである。それが意味するところは、力点を労働者から労働の生産物に移すということであり、いい換えれば、人間から人間以下のものに移すことであり、悪の力に屈伏することである。仏教経済学で経済計画を作るとすれば、まず完全雇用の計画から出発するだろう。そして、その目標は「家庭外の」仕事を求めるすべての人たちに職を与えることである。雇用の極大化でも、生産の極大化でもない。…〈中略〉…
 唯物主義者が主としてモノに関心を払うのに対して、仏教徒は解脱(悟り)に主たる関心. を向ける。だが、仏教は「中道」であるから、けっして物的な福祉を敵視しはしない。解脱. を妨げるのは富そのものではなく、富への執着なのである。楽しいことを享受することそれ自体ではなく、それを焦(こが)れ求める心なのである。仏教経済学の基調は、したがって簡素と非暴力である。経済学の観点からみて仏教徒の生活が素晴らしいのは、その様式がきわめて合理的なこと、つまり驚くほどわずかな手段でもって十分な満足を得ていることである。
 現代経済学者には、これが非常に理解しにくい。「生活水準」を測る場合、多く消費する人が消費の少ない人より「豊かである」という前提に立って、年間消費量を尺度にするのがつねだからである。仏教経済学者にいわせれば、この方法はたいへん不合理である。そのわけは、消費は人間が幸福を得る一手段にすぎず、理想は最小限の消費で最大限の幸福を得ることであるはずだからである。 そこで、もしも衣服の目的とするところが一定の快適な温度と見た目のよさだとすると、この目的を最小限の労力、つまり年間の衣服の消耗を最小限にして、衣服のデザインももっとも簡素にすることで達成しなければならない。このような労力が少なければ少ないほど、幻術的創造に力と時間を割くことができる。たとえば裁断しない布をたくみにひだをととってまとえば、ずっと美しくなるのに、現代のヨーロッパ風の手の込んだ仕立ての衣服はすぐ擦り切れたり形が崩れて醜くみすぼらしいものになってしまうのは、野蛮で粗野なこおとである。衣服について述べたことは他の必需品のすべてに当てはまる。モノの所有と消費は目的を達成する手段である、仏教経済学は一定の目的をいかにして最小限の手段で達成するかについて、組織的に研究するものである。
 これに反して現代経済学は消費が経済活動の唯一の目的であると考えて、土地、労働、資本といった生産要素をその手段と見る。つまり仏教経済学が適正規模の消費で人間としての満足を極大化しようとするのに対し、現代経済学は、適正規模の生産努力で消費を極大化しようとする。消費を適正規模に抑える生活様式をとるには、最大限の消費への欲求を満たす場合よりはるかに少ない努力で足りることは見やすい道理である。…〈中略〉…
 簡素と非暴力とが深く関連していることは明らかである。適正規模の消費は、比較的低い消費量で高い満足感を与え、これによって人々は圧迫感や緊張感無しに暮らし、「すべて悪しき事をなさず、善いことおこなう」という仏教の第一の戒律を守ることができる。
物質資源には限りがあるのだから、自分の必要をわずかな資源で満たす人たちは、これを沢山使う人たちより争そいことが少ないのは理の当然である。同じように、地域社会の中で高度に自給自足的な暮らしをしている人たちは、世界各国との貿易に頼って生活している人たちよりも戦争などに巻き込まれることがまれである。
そこで仏教経済学の見地からするならば、地域の必要に応じて、地域でとれる資源を使って生産をおこなうことがもっとも合理的な経済生活ということになる。遠い外国からの輸入に頼り、その結果、見知らぬ遠い国の人たちの輸出品を送りこむために生産を行うといったことは、例外的な場合、またごく小規模な場合はともかくとして極めて不経済なことである。現代経済学者が通勤のために高い交通費は不幸であって、生活水準の高さを意味するものではないと認めているのと同様に、仏教経済学者は欲求を満たすのに手近にある資源を使わずに遠隔地の資源に頼るのは、経済的成功どころかむしろ失敗だと主張するのである。現代経済学者は、国民一人当たりの輸送量(一マイルあたりのトン数で表示される)数値が上がればそれが経済進歩の証左だというが、この同じ数字が 仏教経済学者にかかると消費の様式が悪化した指標になる。
現代経済学と仏教経済学のもう一つのいちじるしい違いは、天然資源の使用について生じてくる。…〈中略〉…釈尊の教えは、いっさいの生物に対してだけではなく、とりわけ樹木 に対して敬虔で優しい態度で接することを求める。すべての仏教徒には、何年おきかに一本の木を植え、これがしっかりと根づくまで見守る義務がある。そして、仏教経済学者は、万人がこの義務を守るならば、外国援助がまったくなくても、本当の高度な経済開発ができることを容易に証明できるのである。東南アジア(他の地域も同様であるが)の経済が振わないわけは、疑いもなく森林を許しがたいほどなおざりにしてきたことによるのである。
現代経済学では、その方法論がカネで表わした価格によってすべてのものを同一化し、数量化するものである以上、再生可能の物質と再生不能の物質とを区別しない。その結果、石炭、石油、薪、水力といった、たがいに代替できる燃料の間の唯一の違いは、現代経済学者にとっては、一単位当たりの相対コストだけになる。もっともコストの低いものが当然好まれる。これがいちばん合理的、「経済的」だからである。
仏教経済学者にいわせれば、もちろんこれでは駄目である。石炭、石油のような再生不能の燃料と、薪や水力のような再生可能な燃料との間には、本質的な違いがあるのであって、この違いはけっして無視できない。再生不能財は、やむをえない場合に限って使うべきもので、その場合でも、それを保全するために最善の注意と細心の配慮を払わなければならない。 こういう財を不用意に、ぜいたくに使うことは、一種の暴力行為である。現実には完全な非暴力ということはありえないかもしれないが、何を行なうにしても非暴力の理想を目指すのが、人間としての絶対的義務である。
ヨーロッパの経済学者とても、ヨーロッパの美術品が全部高値でアメリカに売れた場合、これを経済的大成功とは思わないだろう。これとまったく同様に、仏教経済学者は再生不能の燃料に頼って生活する人たちを、所得ではなく資本を食って寄生的な生活をしているものと主張するだろう。そのような生活様式は、長続きできず、まったく一時的な方便としてしか許されまい。石炭、石油、天然ガスといった再不能の燃料資源は、その地域的分布がきわめて偏っており、総量にも限界があるから、それをどんどんと掘り出していくのは、自然に対する暴力行為であり、それはまず間違いなく、人間同士の暴力沙汰にまで発展するものである。
この一事だけでも、仏教国にありながら、昔から伝わる宗教的・精神的価値を顧みず、できるだけ早く現代経済学の唯物主義を採り入れようと熱望している人たちの反省の材料になるだろう。仏教経済学などは昔をなつかしむ夢物語にすぎないとして排斥する前に、現代経済学が描いているような経済開発のやり方で本当に自分たちの希望が達成できるのかどうか、反省する気になるのではなかろうか。…〈中略〉…
仏教経済学の研究を、精神や宗教の価値よりも経済成長のほうが重要だと信じている人たちにもすすめたいのは、現在われわれが経験している困難と将来の予想との二つを考えてのことである。というのは、問題は「近代的成長」をとるか「伝統的停滞」を選ぶかの選択ではないからである。問題は正しい経済成長の道、唯物主義者の無頓着と伝統主義者の沈滞の間の中道、 つまり八正道の『正しい生活』を見出すことである。

引用元 centerforneweconomics.org/sites/default/files/japanese.pdf

 「豊かな生活を追い求めることのみが多すぎて、人間性の高貴なるもの、尊厳ということが忘れられつつある時、宗教本来の果たす役割である豊かな人生ということを、発現し展開することが、我々修行者の使命でなければならない。宗教という名のもとに、利潤を追求したり、豊かな生活を願望すること自体が、宗教者、修行者自身を放棄することであるから。…〈中略〉…なに故に都会からこのような山深い地に移転するのかと、多くの人に問われたことであった。その問いは実は、我々自身が己れの内面に向かって終生問い続け、そして忘れてはならないことである。中国唐代の百丈禅師は、坐禅修行者の僧団を初めて開設した人であるが、その中心となるものは、『一日為さざれば、一日食らわず』であった。禅宗本来の姿はそこにあった。我々がここで行事しようとすることは、単に目新しいことをしようとしているのではなく、歴史的な背景にもとづいた古来の日常生活を今、事実行うことである。宗教者や教団に対する不信は、宗教というものを、より煩雑に、そして観念的にしてしまったことが原因である。宗教は真実に真剣に個々人の人生を生きようとする教えであるから、内容の伴なわない観念や思想であってはならない。汗を流して泥にまみれて耕作し、完全自給自足し、その中で坐禅を行じてゆくことが、我々修行者の果たさなければならない責任であり、うちに向かっての革命である。」

 一九七六年、兵庫県庁に提出された安泰寺の「取得理由書」より

昼下がりの安泰寺、2018年7月14日

再放送:NHK WORLD “Sesshu’s World of Zen in Ink”
【出演】ネルケ無方 & 山口晃(画家)
www3.nhk.or.jp/nhkworld/en/special/episode/201807150810/
放映日時:7月15日(日)8:10/ 14:10/ 19:10、7月16日(月)2:10

禅修行の意味について、2018年7月9日

本堂回り&「『正法眼蔵随聞記』を読む」トレーラー、2018年7月5日&6日

6月に神保町で行った講義がDVDとして販売されることになりました。
詳細はこちら:samgha.co.jp/shop/products/detail/810

正法眼蔵・行持の講義、2018年6月30日

眞丹第二祖大祖正宗普覺大師は、神鬼ともに嚮慕す、道俗おなじく尊重せし高徳の師なり、曠達の士なり。伊洛に久居して群書を博覽す。くにのまれなりとするところ、人のあひがたきなり。法高徳重のゆゑに、神物倏見して、祖にかたりていふ、將欲受果、何滯此耶。大道匪遠、汝其南矣(將に受果を欲はば、何ぞ此に滯るや。大道遠きに匪ず、汝其れ南へゆくべし)。
あくる日、にはかに頭痛すること刺がごとし。其師洛陽龍門香山寶靜禪師、これを治せんとするときに、空中有聲曰、此乃換骨、非常痛也(空中に聲有りて曰く、此れ乃ち骨を換ふるなり、常の痛みに非ず)。
祖遂以見神事、白于師。師視其頂骨、即如五峰秀出矣。乃曰、神汝相吉祥、當有所證。汝南者、斯則少林寺達磨大士、必汝之師也(祖遂に見神の事を以て、師に白す、師その頂骨を視るに、即ち五峰の秀出せるが如し。乃ち曰く、汝が相、吉祥なり、當に所證有るべし。神の汝南へゆけといふは、斯れ則ち少林寺の達磨大士、必ず汝が師なり)。
この教をききて、祖すなはち少室峰に參ず。神はみづからの久遠修道の守道神。このとき窮臈寒天なり。十二月初九夜といふ。天大雨雪ならずとも、深山高峰の冬夜は、おもひやるに、人物の窓前に立地すべきにあらず。竹節なほ破す、おそれつべき時候なり。しかあるに、大雪匝地、埋山沒峰なり。破雪して道をもとむ、いくばくの嶮難なりとかせん。つひに祖室にとづくといへども、入室ゆるされず、顧眄せざるがごとし。この夜、ねぶらず、坐せず、やすむことなし。堅立不動にしてあくるをまつに、夜雪なさけなきがごとし。ややつもりて腰をうづむあひだ、おつるなみだ滴滴こほる。なみだをみるになみだをかさぬ、身をかへりみて身をかへりみる。
自惟すらく、
昔人求道、敲骨取髓、刺血濟饑。布髪淹泥、投崖飼虎。古尚若此、我又何人(昔の人、道を求むるに、骨を敲ちて髓を取り、血を刺して饑ゑたるを濟ふ。髪を布きて泥を淹ひ、崖に投げて虎に飼ふ。古尚此の若し、我又何人ぞ)。
かくのごとくおもふに、志氣いよいよ勵志あり。
いまいふ古尚若此、我又何人を、晩進もわすれざるべきなり。しばらくこれをわするるとき、永劫の沈溺あるなり。
かくのごとく自惟して、法をもとめ道をもとむる志氣のみかさなる。澡雪の操を操とせざるによりて、しかありけるなるべし。遲明のよるの消息、はからんとするに肝膽もくだけぬるがごとし。ただ身毛の寒怕せらるるのみなり。(http://www.shomonji.or.jp/soroku/genzou16b/index.html)

Our great Ancestor Eka, the Second Chinese Ancestor, was of lofty virtue.
He was a magnanimous and cultured person, adored by deities and daemons, both
of whom were drawn to him. He was esteemed alike by followers of the Way and
by the worldly. He resided for a long time between the rivers Ii and Lo, where he
read extensively on a wide variety of subjects. He was considered to be a person
rare in any country, one who is seldom encountered. Because of the loftiness of his Dharma and the dignity of his virtuous ways, a strange and wondrous being
suddenly appeared and said to him, “If you really desire to receive the fruits of
your endeavors, why do you tarry here? The Great Way is not far off. Just go to the
south.”
The following day, the Ancestor suddenly had a stabbing headache. His
teacher at the time, a teacher of meditation named Kōzan Hōjō of Dragon Gate
Mountain in Loyang, was about to treat his condition when a voice from out of the
blue said, “This is due to an altering of the skull and is not an ordinary headache.”
Our Ancestor then told his teacher about his encounter with the strange and
wondrous being. When the teacher looked at the top of Eka’s head, it was as if five peaks had blossomed forth, whereupon he said, “This feature of yours is an
auspicious sign, and you will surely have an awakening to the Truth. This
wondrous being’s telling you to go south is because Great Master Bodhidharma of
Shōrin-ji Temple is undoubtedly to be your Master.” Heeding these instructions,
our Ancestor Eka then left in order to train with Bodhidharma, who was residing
atop a remote mountain peak. As for the wondrous being, he […]

弁道話講義(三回目)、2018年6月25日

諸佛如來ともに妙法を單傳して、阿耨菩提を證するに、最上無爲の妙術あり。これただ、ほとけ佛にさづけてよこしまなることなきは、すなはち自受用三昧、その標準なり。この三昧に遊化するに、端坐参禪を正門とせり。
この法は、人々の分上にゆたかにそなはれりといへども、いまだ修せざるにはあらはれず、證せざるにはうることなし。はなてばてにみてり、一多のきはならんや。かたればくちにみつ、縦横きはまりなし。
諸佛のつねにこのなかに住持たる、各各の方面に知覺をのこさず。群生のとこしなへにこのなかに使用する、各各の知覺に方面あらはれず。
いまをしふる功夫辨道は、證上に萬法をあらしめ、出路に一如を行ずるなり。その超關脱落のとき、この節目にかかはらんや。
予、發心求法よりこのかた、わが朝の遍方に知識をとぶらひき。ちなみに建仁の全公をみる。あひしたがふ霜華、すみやかに九廻をへたり。いささか臨濟の家風をきく。全公は祖師西和尚の上足として、ひとり無上の佛法を正傳せり。あへて餘輩のならぶべきにあらず。
予、かさねて大宋國におもむき、知識を兩浙にとぶらひ、家風を五門にきく。つひに大白峰の淨禪師に參じて、一生參學の大事ここにをはりぬ。それよりのち大宋紹定のはじめ、本鄕にかへりし。すなはち弘法救生をおもひとせり、なほ重擔をかたにおけるがごとし。しかあるに弘通のこころを放下せん、激揚のときをまつゆゑに。しばらく雲遊萍寄(うんゆうひょうき)して、まさに先哲の風をきこえんとす。
ただしおのづから名利にかかはらず、道念をさきとせん、眞實の參學あらんか。いたづらに邪師にまどはされ、みだりに正解をおほひ、むなしく自狂にゑふて、ひさしく迷鄕にしづまん。なにによりてか般若の正種を長じ得道の時をえん。貧道はいま雲遊萍寄をこととすれば、いづれの山川をかとぶらはん。これをあはれむゆゑに、まのあたり大宋國にして禪林の風規を見聞し、知識の玄旨を禀持(ぼんぢ)せしをしるしあつめて、參學閑道の人にのこして、佛家の正法をしらしめんとす。これ眞訣ならんかも。

よく見れば 薺花咲く 垣根かな ー松尾芭蕉