妄想


 此の正月は例年にない大雪だった。
 除いても除いても降り来る雪を掻きながら、ふと、何故か分からないが、ほんの一瞬間聖書の中に『神は悪しき者の上にも正しき者にも共に雨を降らし、陽を注ぐ』という意味の一説があったのが浮んだ。もちろん除雪の最中だったので言葉として浮んだのでもなく、何日か後に、そんな事が頭の片角に浮かんだというのが思い出されたのである。
 今こうして筆を取り何かを書こうとして思い出したのが、あの雪の中で、何故一見繋がりの無い様な聖書の一句が出たのか、私の何があの様な事を思い出させたのかということである。
 あの聖句は神の愛はすべてのものに対して惜しみなく平等に注がれるという程の意味だったと思う。それが何故雪の、除雪の最中「こん畜生、いつまで降りやがるんだ、ええ加減にせんかい、」と私の気持は聖書の意味とは関係無いか、むしろ反対であったはずであり、仮に神のことが頭にあったとしても、降る雪が神の意志であるなれば、望みもしないのに何故くれるんだと思ったであろうし、神の与えたもうた試練だなぞとは微塵にも無かったはずである。ところが次の夜か、数日後か忘れたが、ストーブの横でひっくり返って天井を見ていた時にその一件が思い出された。そしていったい私は何をあの一句に思い当たったのだろう、私の中の何があんな突拍子も無い事を思い出させたのかと考えた。

 私はその時までかの聖句を神の愛の偉大さとして理解していたと共に、それに対する疑問として、こうも思っていた。
 神の愛は絶対であり全てに注がれる、例えば水に溺れている我々悪人も善人もすべての者の上に手を差し伸べて救い上げんとしている様にである。だから神は手を伸べているのだから此ちらがそれに答えて手を出せばよい、こちらが望みさえすれば、気付いて振り返りさえすればよい、また神はそれを悟らせるためにあらゆる手段を講じて、その救いの手を知らしめんとしていると。しかし私はこうも考えた。もし神の愛は絶対なれば、それから漏れる者は無いはずである。ところが悪人、例えで言えば水に流されていながら救いの手を拒否した者に対しては、神は手の施し様が無いのである。同じ様に神の努力にむなしく、救いの手に気付かなかった者は最後の時にはどうなるのか。全能なる神の愛から漏れるはずは無く決ずや救われねばならないはずであり、神の救いを拒否した者をこそが救いの一番の対象とならなければいけないはずではないか?総て神の愛の模倣であるべき人間の愛についても、汝の敵を愛せよ、もし右の頬を打たれれば左も出せと言う様に、愛の対象は自分の好きな者に対してではなく、きらいな者、敵、愛を拒否した者にこそ向けられるものである。なぜならば好きな者に対する愛は誰でもしている事でありそんな事は悪人でもゴキブリでもしている事だからである。
 では問題の悪人、敵、愛の救いを拒否した者に対する愛とは救いとは何か、どんなものか?これがずっと私の心の中にあったのである。

 また別の言い方をすれば救いを拒否した者を何故救はねばならぬのか、敵、悪人、そんな者は救い様が無いではないか、ただじっと手を拱く(祈り)だけで相手のいつとも知れぬ改心に期待するしかないのか、救う方法があるならなぜ早くそれを出さぬのか神は、出し惜しみするな、と言いたかったのである。最後の時が今にもせまっていると一方で言いながら何の打つ手も出さないのは神のすることなのか、いくらその判断は人間の自由に委ねられていると言ってもそれは片手落ちではあるまいか。
 本田勝一の「アラビアの遊牧民」という本の中に砂漠の民であるベドウィン社会では、己が非を認めてしまったり、相手に対して無防備だったり、屈する事は死を意味する事であるという意味の事が書かれてあった。また同じ本の中で、かつて蒙古の軍団が敵を攻める時、その相手国なり村に対して屈すれば助けてやると言いながらその捕虜を皆殺しにするのが常套手段であり、その屍の上に板を敷いて宴を張ったと書かれていた。
 私もかつて砂漠を旅した事があった。もっともその時は西洋人とであって遊牧民との直接の生活ではなかったが、それでもその厳しさ、本田氏の言う所の砂漠社会のあり方は少しは理解しているつもりである。こんな社会にキリストの言う神の愛なんて通ずるのだろうか。旅人である私達に群がって、隙あらば盗んでやろう、巻き上げてやろうと、まだやっと歩ける程になった子供達でさえ、くすねたり集る事しか頭にない。もしも彼らの行為の裏に、貧しさや不幸な境遇のなせるゆえに涙を代償としたものであれば、同情の余地もあったかも知れない。しかしそんな一面など全く見当らず、ただ旅人から巻き上げるのは仕事であり、当然の営みに感じられた。その時の私にはただ憎悪と侮蔑のみしかなく、愛だの慈悲、同情は微塵も無かった。同じ様に本田氏もついに社会に入ることが出来ずに敗退せねばならなかったと本の中で述べている。
 今も、あの時は私が他にとれるべき態度はあったのだろうか、憎悪と侮蔑以外に方法がなかったのか、私の何と小さな者か、無能なことか、とその自分に対する苛立たしさだけがずっと心の中に蟠っている。
 もちろん観念上で、彼らに対して限り無き愛を注ぐべきであり、彼らの望む以上の愛を与えよ、己が現世の身命など神の国に入るには安いものだ、等と誠しなやかに並べたり。現にこうして日本に居るのにそんな他事の宙に浮いた思いなど莫妄想、出合う所我が生命などとうそぶいても何の力も無い事は分かりきっている。
 汝の敵への愛とは、それを拒否している者への愛とはどんなものなのか、その愛はどんな現われ方なのだろうか、私にはそれがどうも分からないできたのである。

 此処で話は始めに帰るのだが、こんな私の心中になぜ突然、それも降りしきる雪の中での除雪の最中に、神は正しき者、悪しき者の上に共に雨を降らせるという一節が出てきたのだろうか。
 後日私が天井をながめながら思ったのは次の様にである。
 神はなぜ雪を私の上に降らせるのか、言い替えれば、神はなぜ雪(憎悪愛の対)を心正しき私の上にも、悪しき者の上にも平等に降らせるのか、それは聖句の愛の替わりに憎悪をすべてに平等に注ぐという事に思い当ったのである。それまでの私は、神は正しき者、神を望むる者、パンが欲しいと言っている者には決して石を与えないと思い込んでいたのである。
 そこで私はハタと気付いて、神の愛とはちょうど今、私が出合っている雪の様なものではないのだろうか。神の愛は全ての上に平等に降り注いでいるのに、それを私が勝手に選り好みして、ああ雪はいやだと拒否しているのではないか。神にとっては私がいくら拒否しても、そんな事は赤児が母の胸でいやいやをしているみたいなもんじゃないか。
 もちろんこれは私の勝手な思い込みであって、正統なキリスト教神学から言えば間違っているし、私の思考方法がすでに、今まで聞き覚えた東洋的な発想に染っている事は否めないからである。だが都合上、神学上の正当性云々は別として、神の愛がなぜ悪しき者、愛を拒否した者の上にも限りなく注がれるのかという、言葉の意味を自己流に理解出来たと思ったのである。
 神の愛は受ける側が望むと否とにかかわらず、無限に注ぎ続けており、決して止むことも休むこともないのである。だから神の愛の模倣であるべき私の愛も同じ様に、すべての者の上に平等に注ぐべきなのだ。とまあ観念では此の様に理解したものの、その現われ方が分からないのである。現われ方とは救いの事である。
 汝の敵を愛することは観念的に出来ても、ではその敵をどうやって救うのか、愛はどの様な行為となって現われるのか。敵に向ってひたすら一方的に愛を注ぐだけなのか、神の前に自分が無能な弱者として只懺悔して、ひたすら祈るより他はないのか。それは敵を救う事なのか。救う前に敵に殺されるかも知れない、ましてや殺された自分は神の国に入っても、それは相手を救った事にならないではないか。百歩譲って、その敵が何時かずっと先かも知れないし、明日かも知れないが愛に目覚めるという可能性にかけるしかないのか、救いとはそんな消極的なものなのか。
 こんな宙に浮いた思考を妄想と言うのだろうか。
 いや私にとって、かつて私が敵に対して向けた憎悪を侮蔑の他にとるべき方法が解決出来ないのは現実の問題なのである。