夢路


つかの間の安らぎを求めて
旅人は眠りにつく
明日はまた、目覚めと共に始まる漂白いを知りながら
堅いきしむベッドに仰向いて
じっと虚空をながめる
いやこのまま朝は来ないやも知れぬ
闇の中に、裂けた傷口から漏れ出る血の様に
灯がひとつ
蟻が一ぴきその光をついばむでいる
まるで死にそびれた盲しいが陽の暖かさを求めてあがくように
そのたびに闇と光を掻き混ぜる
壁にも窓のカーテンにも悪魔が舞っている
ベッドの旅人の上にも死に色のマントをひらつかせて
冷たい沈黙の舞いだ
深いため息がシーツをもたげ
やがて弱々しい炸裂となって萎んでいく
旅人は瞼を閉じ、残像となった悪魔の乱舞を振り払うかに身をよじり
もうどれ程の旅人がしたであろう同じ様に
力ない手で壁を真探りスイッチをさがす
時が、旅人たちが刻んだ薄汚れた壁を
住み慣れた我が家のように手を這わせて

闇の中に窓が浮かんでいる
街路の灯を吸ったカーテンが暗黒の大海を漂う筏となって
聞こえる、宵闇の喧噪が遠い海鳴りとなって
食器の触れ合う音は乾いた腹に突き通る
ピアノも泣いている
浮世の苦しみも、つかの間の喜びも
みんな夢の中、みんな夢の中
重苦しい眠りについた旅人にはそんな浮世も
どこかで素頓狂な笑いをあげる娼婦の声も
もう聞こえない
朝の光の中に母がいる、父も弟もいる
焼きあがったパンをエプロンに入れた母は
見知らぬ人を眺める様に此ちらを見ている
父は朝露に濡れたブーツでマットの汚れるのを気にしながらも、母からはわざと目を逸らし
て何か口を動かしている
テーブルには朝げの仕度も整って
見慣れた皿も、ナイフもフォークもみんな光の中に輝いている
幼い頃、フォークの光で計りながら数えたピンクのチェックのテーブルクロスもそのままだ
成長して袖の短かくなった上着の弟は、父譲りのペンを誇らしげに胸にして
今日は月曜日なのだろう、早く行かねば遅刻するのに
隣のアンジェラおばさんがいる、ジェシーも着飾ってお祭りなのかい
イースターの花飾りが落っこちそうだよ
さあ皆んなで出かけよう、子供達のマーチが近づいてくる
朝の光はいたい、霞んだ室内にカーテンを分け入った光が剣となって旅人を突き刺す
重い体はゆっくりと起きあがる
失われゆく命を惜しむかの様に
その時からまた旅が始まる
朝の闇の中に向って

旅人よ、急ぐことはない
見えない明日に向って
少しさみしくなって立ち止り振り返っても
もう帰れない過ぎし日へ
夢路ははるかに今日も旅する