・帰  命・
[まっさらな自分に立ち返る]
〜2月号〜

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寒さ人を破らず

 暦の上では春とはいえまだまだ寒さ続くこの頃です。安泰寺の雪安居も半ばにきて、安居生活も佳境に入っています。

        この地方特有の気候ですが、冬の間、低く垂れ込めた雲に隠されて太陽はめったにのぞくことはありません。その雲から雪は止めどなく落ちてきます。気温はそれほど下がりませんが、日照がないために昼夜を通して零度前後と、まるで冷凍庫の中で生活している感じです。
 坐禅堂と広間には薪ストーブが入っていますが、その外は火の気もなく決して快適な生活とはいえません。寒さのなかでそれを堪え、修行を続ける困苦は言うにまさるものです。

 しかし昔から「寒苦をおづることなかれ、寒苦いまだ人をやぶらず、寒苦いまだ道をやぶらず。ただ不修をおづべし」と祖師はお喩としになられました。寒さが人や仏道を害するのではなく、寒さを理由にして修行を怠ることが人をダメにし仏道を損ねるのだといわれるのです。
 祖師と呼ばれ真実の道を得た方々の修行の跡を尋ねても、岩陰や樹下、草屋に寒さを避けて修行に専念した様子が偲ばれます。それを思えば今の私達は電気もあれば薪ストーブもあります。暖かい着物も温かい食事も欠いたことが無いのですから、比べるのも恥ずかしい思いで、ますます精進しなければなりません。

 しかしそれは、わざと寒いところで坐禅したり、我慢比べをすることとは違います。日常とかけ離れた荒行で滝に打たれたり、冷水を浴びたりする一時的な特殊体験は、人目を引きテレビ放映などで話題にもなりますが、寒さに破られず、綿密に修行を護持していく大切さ、難しさをいっているのです。
(堂頭)


現在、安泰寺は雪の中。
時折、話題に上るのは、死や、自分の使命や、悟りについて・・・
世間では恥かしくて中々他人とは話す機会の無いような事でも
心置きなく話せます。
そんな安泰寺の3人の声を紹介します。
 古人の道を辿りながら続ける冬修行の日々のさなか、私はある人生の公案に直面していた。どの古の公案も、この私の頭を離れない人の生と死についての公案を取り払ってくれなかった。私は、修行上のあるポイントに来ていた。僧堂生活での毎日の仕事や心配事から、人の死という避けようのない真実を分けることができなくなっていた。子供の頃から何度も死というものに接し、その都度乗り越えてきたし、「これも人生の一部なんだ。そのまま受け入れるだけさ。」とも思ってきた。が、しかし本当にそうできるだろうか。
 私は、今まで人生に特別な意味や目的があると思ったことはなかったし、いつも人は死ぬために生まれてきたのだ、とだけ考えてきた。
 今、自分の中で何かが変わり始めている。
(守瑾)
 
僧 堂
 私は寺の息子でない。一信者である。私は、経廻り、僧堂の門前に立つ。今、まさに、その扉の向こうから、荘厳華麗な音楽が聞こえてくるようだ。天女が舞い花が降る。この局面は幸いである。人に伝えたくても伝えきれない心地する、この喜びには翻弄される。この、往々にして図ずも訪れる、人生の歓喜があるからこそ、他、多くの苦渋に満ちたわが人生を潔しとし、受け容れることができるのである。ありがとう太陽、空、森、大地、風。わが身を凍らせる雪の何と風流なことだろう。
 決して、人生に期待しているわけではない。ただ、私は歓喜に満ちている。この歓喜が幻想でないことを祈るばかりだ。
合掌 (憲護)
 
■ 参禅者のひとこと ■■■
 日本へ来る機会を得たので、また安泰寺に来てみた。インドでその存在を知り、訪れた前回は“接心”期間中で、禅寺ということさえ知らずに、山の空気を吸って雲水の方々とゆっくり話でも、なんて気持ちでやって来た私は、―接心期間中は毎日14時間の坐禅+私語厳禁―かなり辛い数日間を過ごした。のに、またやって来た。
 今回は雪安居中の安泰寺。豆腐を作ったり、ふんだんにある図書室の本を興味深く読んだり、雪の中の散歩、早朝の白く覆われた竹林は美しかった。輪講は“典座教訓”。薪をくべながら火にあたる時間。
 一瞬々々が如何に大切であるか、そこにどんなことが語られているのか。そういうことに当り前のように正面から向き合っている人々が此処にいること。どうにも無駄のない時間が流れて行く。ニューヨークで写真を撮りながら暮らして10年になる。目の前のもの・ことの表象を借りて考えたり伝えるメディアを選んでいる私にとってもそれは興味深く、終ってほしくないと思った10日間が今、終ろうとしている。2002年1月28日、晴夜。
(写真家:トヨダ ヒトシ)
 
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