・帰  命・
[まっさらな自分に立ち返る]
〜3月号〜

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 安泰寺の住職、宮浦信雄堂頭は二月十四日、ブルドーザーで除雪中、つづらい橋の近くで参道から川に転落し、死亡しました。五十三歳でした。
 新しい住職が決まるまで、残された弟子達等が留守番をつとめています。


追  悼

 堂頭さんというと笑っている姿を思い出します。私が真剣に話す時も、いつも、悩みが足りんなーと笑っていました。私が悩んでいますとむきになって云うと、深さがまだまだ足りんと笑われていました。確かに私は色々悩んでいるようで、何も分かっていなかったのかもしれません。一見人をバカにしたような笑い方のように見えて、すべてを包み込んでくれているような笑い方でした。私はあんなに心の底から笑える人を知りませんでした。短い間でしたが、出会えてよかったと思います。
(疋田)

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 この度、宮浦堂頭様の急逝の報に接し、最後のお別れを告げるべく上山させて頂きました。
 昭和56年3月末に下山以来20余年心の中で「いつかー、そのうちにー」と思い乍がら果たせなかったことが、はからずもこういう形で実現しようとは−。
 20年ぶりの安泰寺は(部分的には変わっているものの)時間の経過を感じさせない昔のままの姿でした。上山当時の私は(現在の私がそうである様に)閉塞状態の中でもがいておりました。一年余ヶ月の短い修行生活でありましたが、その中で何か新しい自分を発見した(ような気がした−多くの参禅者がそうである様に私の上山も自分探しの旅でした)。
 以来16,7年の会社生活を経、今は小百姓をやっています。そして気持ちも20年前の閉塞状態にいます。
 そんな中、私にとりましては存在するだけで意義ある堂頭様の死を迎え、寂しさとなつかしさが同居している私の心です。
 簡単ですが、死を悼みますと共に残された方々のご健勝をお祈りしまして筆を置きます。
(T.Y.)

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 この「帰命」のために何回も原稿を書いたことはあるが、みな失敗作だ。堂頭さんの一生の教えを言葉で表現すること自体は堂頭さんのやり方ではない。しかし、一つの言葉だけは頭のなかに度々浮かんでくる。「一期一会」。この千利休の言葉を堂頭さんは最近よく使われていた。おそらく堂頭さんの最後の教え、一生の教えはこの「一期一会」ではなかっただろうか。
(守瑾)

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 人が死ぬ。その死が身近なものであるほど寂しく哀しい。
 禅では「死ぬ」ことが特別な意味をもっている。よく「死に切る」とか「大死一番」とかいって、禅僧の仏道修行のなかに飛び込む姿勢を表す。日々の生活のなか、禅僧は絶えず命を投げ出しているはずだ。ところが、コタツのなかでアグラをかいて「大死一番絶後蘇息」と叫んでみたりする禅僧は掃いて捨てるほどいても、それを自ら身を持って行じてゆく僧侶はまずいない。堂頭さんは違っていた。口先では「大死一番」等とはいわない。が、日常の行持はまさに「大死一番」の姿勢の見本だった。誰よりも山の危険を知り、人には危ないことを絶対させなかった。自分自身もわざと危険を冒すことはなかった。だが、安泰寺での仏道修行を守るために自らの命を投げうち、我が身を仏法のために犠牲にする覚悟でいたに間違いない。
 大死一番絶後蘇息−堂頭さんは修行の真最中に死んでしまった。その誓願を蘇らせて息続かせるのは残された私たちの、各々の修行しかない。
(無方)

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 一九九六年の初参禅以来、九七年を除き毎年臘八摂心に参禅することが恒例となっていたこの数年来、摂心終了の打ち上げの飲み会で、宮浦信雄堂頭和尚様を囲んで、これまで全く面識の無い参禅者の方々とも、すぐ打ち解け、ざっくばらんな会話が弾む中にあっても、堂頭様の口から発せられる御声は、常に「仏法」に則したものでありました。
 そして遂に最後まで、堂頭様の正式な形での提唱を拝聴する機会はなかったけれど、即今・当処に堂頭様は仏法を具現されていました。
 ある時、みずからの意志の弱さに悩み、とても自分のような者には坐禅を行じ抜く事は出来ません、と訴えたときの堂頭様の御言葉が「皆、弱い所のある人間なんだ。その弱い人間が集まってやるから、修行になる」でした。今にして思えば、堂頭様の全身から放たれる禅機によって、私自身の修行の筋道をつけていただいたと、感謝の気持ちでいっぱいです。堂頭様の蒔かれた坐禅の種子が、薫陶を受けた者の一人として今後どのような形で実らせていくか、無上の公案を頂いたと、思いを新たにする次第であります。
 堂頭様、本当に長い間ご苦労様でした。でも本音を言えば、もっともっと堂頭様のお話を承り、教えを乞いたかったです。
 最後に、宮浦堂頭和尚様のご冥福を心よりお祈り致します。合掌
(A.N.)

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 ゾーリをそろえとけ

え。宇治川べりの散歩は何のたとえなのか。何でや。雲の中に入ったら雨だけというやつなのだが。おいおいどういうこと。おそらく起信論がベースにあって。いーっ。真如がブルで川にはまったって言われても。だから嵐がおさまってもムシュとしないのだ。うそやろ。何で。客観的にしかみれないからおかしく思うのだ。あ、夜行バスがあるな。何もしなくていいのだ。それにしても最後にブルを川岸にそろえておかなくってもいいじゃないか。
(祖風)
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