流転海48号

安泰寺文集・平成23年度


泉良和


 今年の田んぼ、稲を倒してしまいました。現在、一反余りの田んぼを二枚つくっておりますが、その一枚です。九月に二度に渡る台風の到来。一度目の時は部分的に傾く程度でしたが、二度目、これから稲穂実るというその時に全面的にべった返しに倒れてしまいました。私が田んぼを手がけるようになって二十数年になりますが、こんなに倒れたのは初めてのことです。周りの田んぼも程度の差こそあれ、ほとんどが倒れ、一応は台風のせいということになっておりますが少なくとも私のところは台風のせいではありません。私のやり方に問題があったからです。肥料のやり過ぎです。例年油カス二袋六十キロやるところを三袋九十キロをやったからです。例年より一袋多くやったのは計算しての意識してやったのではありません。御存知ない方に申します。例えば一反歩(約三十メートル四方)の広さに油カス二袋を平均的にまくということは、実際問題として技術的にもけっこうむずかしいのです。いろいろ目印を立てたりしますが、この広さに平均的にまくということ、結局まく手加減に依るのです。余程慎重にやらないとダメなのです。今回も、初め、ちょっとまき過ぎかなと思ったのですが、まあ、これくらいだったら大丈夫だろうと思ったのです。これまでの二十数年、これ程までに倒したことのなかったこと、それに乗っかかった私の慢心から来ることです。この村に来て何度も耳にした言葉です。「百姓は毎年が初めてである。」毎年、表面上は同じ作業を繰り返すところから来る、慣れが馴れ、狎れになる慢心に対する訓めの言葉です。今回の失敗、初心に帰れということでしょう。

 田んぼでの失敗を機に思いますのは、六十六歳という私の年齢、老いの暮らしにいよいよ入ろうというときに立っている私、田んぼと同じ失敗は許されません。初心に帰る、基本に帰る、原点に帰る等々、言い方にいろいろありますが、ではその初心、基本、原点という言葉の実際は何なのでしょうか。

 “三つ子の魂、百までも”と申します。私は昭和十九年生れです。先の大戦、敗戦後の申し子ということです。昨年のことになりますが所用があって広島に行くことがありました。たまたま時間があって一緒だった人の希望もあって原爆記念館へ行きました。そこに記してありました。「あやまちは繰り返しません。」私が幼き時を過した時代の詮じつめたところの思想です。私は幼かったからこそ、この言葉をその言葉通り素直に受け育ったのです。いわば私の原点です。ただ、今思いますのに、繰り返してはならないあやまちとは何なのでしょうか。“愛国心”、国を愛する心があやまちであるはずはありません。国が軍隊を持つこと、私の個人的気持ちとして、国家たるもの、軍隊を持つこと、決してあやまちではありません。ポイントは今年の田んぼで失敗した慢心です。自らハッキリ自らの目で見ることなしに、安易に乗っかかれば、民主主義と言えどもあやまちになりかねない面を持っているはずです。

 私が初めて安泰寺を訪ねたのは昭和四十二年です。私が二十代のはじめ、東京オリンピックが過ぎ、大阪万博を三年後に控えている時、いわゆる高度経済成長の勢い、いよいよ盛んとなろうとするあの頃です。京都安泰寺の内山老師のあのお部屋でお話頂いたこと、最近になって特に強く思い出しております。  

 「これからの日本、豊かになって行くだろうけど、忘れちゃあダメだよ。君が子供であった頃のこと。食うや食わずの暮らし、かろうじてやっと食べることが出来る暮らし。これが生き物である人としての当り前の姿なんだからね。」こうした主旨のお言葉でした。日々の暮らしに於ける私の原点です。あの頃のこと思いますと、現在、不景気とかいろいろ問題を抱えてはいますが、まぎれもない豊かさの真只中です。豊かさを否定するものではありません。ただ、帰る時には帰る私の原点です。

 さて、是も昨年のことですが、正月四日、新年早々、車の運転、スピード違反で警察に捕まりました。調書を取ると連れて行かれた所、対応の警察官、若い二十代の可愛いい女の子、開口一番「正月早々、年の初めに良かったですね。運転には呉々も注意しなくてはいけないということの知らせでしょうね。基本に帰りましょうね。」自動車専用の広い道路、直線コース、制限速度六十キロのところ八十キロぐらい当たり前のことではないかと言いたかったのですが、可愛いい女の子の明るい声にそれもどこへやら。「ハイ、わかりました。気をつけます。」今年の田んぼでの失敗、言い出したらいろいろありますがこれも何かの知らせでしょう。「百姓は毎年がはじめてである。」初心に帰って、さあ、来年こそは、と。更にそれ足場として、今、私の老いに向かって新しいスタートの時。そんなこの頃です。


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