流転海08

安泰寺文集・平成20年度


良和 (鳥取県・64才・清宗院住職)


 ほんのちょっとした油断でした。今年も我が田んぼ、収穫を前にしてイノシシに入られました。その防御策として、現在は電気柵・ネット・トタン等で対応しております。かなりの労力と神経を使います。それにしましてもこれは、病気に喩えれば、どこまでも対症療法であってその場をとりつくろう処置の仕方であります。イノシシばかりではなく、近年、年毎にひどくなって来て鳥獣の人の生活圏への侵入に対する根本的な対応ではありません。それは人が山へ入らなくなり、田畑を放っておくようになったからです。地を這うようにして暮らしていた人が、その地から距離をおいて暮らすようになって来て、そのことは鳥獣の目線に立つとスキがあるのでしょう。昔から言います、現実から離れ宙に浮いたこと、上擦った暮らしのこと、足が地についていない、と。イノシシは、そこを突いてくるのでしょう。

 大地に直接する第一産業に就いている人の数が、私がこどもの頃、今から40、50年前と比較しますと、大きく減少して来ています。ポスト・インダストリイといわれるコンピューター社会の到来です。

 そのコンピューター社会の実際、事務処理についてです。例えば、特に郵便局でのお金の出し入れに際しての信用のことです。最近になってやたらと本人を証明するもの、提出を求められるようになりました。目の前に居る実物の本人そのものより、本人を証明するとされる書類を信用するのです。こういうことがありました。健康保険証ではなく、写真付きのものとして運転免許証を要求されました。その時よく注意してみておりました。写真付きの免許証を差し出した時、職員は、免許証にある写真と私本人とを見比べ確認をしないまま、写真付きの免許証を事務室に持ち入りコピーをして、それでOKでした。このことから言えます。写真付きの免許証を要求したのは、写真で本人を確認することが目的ではなく、予め信用事項としてセットされた項目を埋めればそれで良かったのでしょう。最近煩雑になった事務処理、それは現ナマ、実物を大切にすることではなく、コンピューターで予めセットされた、実物とされる項目を調えれば、それで良しとするのでしょう。順序が逆です。

 今一つ例を挙げます。私の知人に長く大学で事務関係に勤めていた人が居ます。彼から聞いたことです。大学の事務処理にもコンピューターがかなり入っているとのことです。では、と私は尋ねました。職員の数はその分減ったのかと。返事はそんなことはない。では事務処理の能率向上の結果、学生の質は向上したのか、と。そんなこともないとの返事です。では一体何の為のコンピューターの導入なのかと。コンピューターの入った結果、何がどうなったかです。それまでは能力の限界があり、枝葉のこととして、マーマーとアイマイなまま、不満は残しつつも見捨てられていた一々を拾い上げはじめたのです。予めセットされた項目を一律に整理出来る、その結果、幹も枝葉も同じように扱われるようになり、その区別がボンヤリして来ているようです。日々の暮らしの実際には幹と枝葉はハッキリあって、しっかりそのことを押さえておかねば、混乱が生じます。例えば田んぼの作業でもしっかり押さえなければならないポイント、マーマーで良いポイントとあります。それをきちんと心得てないと、稲もろくな育ち方をしません。

 ……と、コンピューターへの疑問を挙げ列らねてはみましても、コンピューター社会の到来は現実です。

 私は20代後半に、内山老師に得度頂き、勤めていた小学校のセンセイを退めて、安泰寺に入りました。その時は、いろいろそれらしき理由、動機を持っていたつもりでした。ただ、時を経て今思いますに、当時、デモシカセンセイという言葉がありましたように、職業としては一番気楽な誰でも勤められる職にさえ付いて行けなかったのでしょう。落ちこぼれです。大阪で万博があったあの頃です。日本の高度経済成長の勢い盛んな頃です。そのうねりからはじき飛ばされたのでしょう。そうした私です。ポスト・インダストリイといわれる昨今のコンピューター社会の到来に対して、携帯電話も使えぬ私、付いて行けるはずもありません。高度経済成長にはじき飛ばされた時には安泰寺という逃げ場がありました。しかし、今度のコンピューター社会の到来からの逃げ場が今のところ見つからないのです。もし逃げ場がないとしたら、一体どうしたら良いのでしょうか。セッパツマッタ思いです。そもそも、社会の流れの時々に、個である私は、どう対応したら良いのでしょうか。

 イノシシに対して、その根本的対応の仕方わからないまま、どこまでもその場凌ぎの対症療法的で後手に回ること承知で、電気策・トタン・ネット、いつまでも続けなければならないでしょうか。


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