流転海07

安泰寺文集・平成19年度


進 (山口県・五十八歳・会社員)


今年の十月に1週間の休暇を取り、次男の家(千葉県松戸市)を拠点にして山の旅ー尾瀬ヶ原と海の旅ー八丈島へ行ってきた。
 尾瀬ヶ原は東京、上野駅から特急電車で2時間そしてJR沼田駅からローカルバス1時間半、更にマイクロバスで三十分掛け、尾瀬の入り口である鳩待峠に着いた。ここから徒歩で四時間尾瀬ヶ原を散策し、温泉小屋という山小屋に一泊した。山小屋と言っても掃除は行き届き、清潔感溢れる宿で騒ぐ者もいなく、静かな夜を過ごした。
 翌日は尾瀬ヶ原から富士見峠まで登り、その間オフシーズンの平日でもあり一人も出会うものもなく静かな黄葉の峠道を堪能できた。峠からは曇天のため富士山は見えなかったが、標高一九〇〇mの高層湿原ーアヤメ平は小雨の中に幻想的な雰囲気を創り、池塘は静かな佇まいを見せていた。尾根道を下り、元の鳩待峠に無事着いた。
 尾瀬ヶ原は日本を代表する高標高地の湿原であり、知名度が高く、自動車などの人工物は遮断されているが、そこにある自然はあまりにも人の手による自然で、過保護な自然を感じられた。

 次は東京、JR浜松町駅近くの埠頭から船で十時間揺られ着いたのが八丈島である。途中三宅島に寄港し、一時すると太平洋のうねりが五〇〇〇トンの船体を縦に横に大きく揺らし、久しぶりに大地に足をつけたのが絶海の孤島八丈島であった。島のメイン道路にはハイビスカスの花が咲き誇り、常春の島である。
 現在は電話も空港もテレビも見える島であるが、江戸時代には流刑の島で本土とは隔絶された島であったろう。だが、それだけに島の人たちは素朴で、融和的である。島では八丈富士(八五四.三m)へ登って火口を見て、また360度大パノラマを楽しんだり、火山島であるため、島の周囲にはいろんな温泉が湧き出し、大海を眺めながら湯に浸かることができた。民宿の料理はトビウオ、山芋、牛乳など地元産が多く出される。
 この島には海も山も温泉も人も特別なものはないが、大きな溶岩を砕き、擁壁を築き、また台風除けのためであろうか家の周囲を囲んでいる。このように島にあるものを活かしており、そこに不自然さが微塵も感じられなかった。島の生活はこの島を利用し、恵みを得て、また台風が来ればじーっとしているのであろう。もちろん狭い離島生活は苦労も多くあろうが、都会のサラリーマンのストレスはないのであろう。
 帰りの船の中、船底にある船室に大の字に寝ていると、行きのときと同じように大きくゆっくり揺れていた。だが、揺られて寝ていると揺れに任せて寝ているしか方法はない、人間がどうモガイてもどうしょうもない、それはそのままであり、それこそが「禅」と感じた。

 二〇〇七年十月三十日 

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