安泰寺

A N T A I J I

凡夫のナマ肉

大人の修行 (その12)


 「安泰寺は学校ではなく、各自が課題は与えられつつも、求めるのは自分であり、自分が参究する場であって、教えてもらう所ではない。つまり、自分がどれだけ、どう、扉を『叩く』かということである。」  私の先輩は安泰寺に入門した当初、こう心得て出発しましたが、三年後に「いつの間にか眠ってしまい、知らぬ間に姿勢が崩れている」自分ににハッと気づきました。その後、先輩はどんな工夫をされたのでしょうか。次の年、1991年になって、彼の文書にはこう書いてあります。

 「坐禅すれば作務したくなる。あるいは寝てしまう。典座すれば坐りたくなる。正身端座しなければ坐禅にならないと言いながら、正身端座の足の痛みから逃れたくなって姿勢を崩し、それによって生じる妄想と居眠りに身心をゆだねる。・・・何故に坐禅しながら安心して眠ってしまうのか。寝ては坐禅にならないと言いながら、それは他人との比較、他人との関係で言ってはいまいか。寝ていない、実際目は覚めていたとしても、自分でそう思っているだけで、実は妄想にズルズル心をころがしていたに過ぎないか。・・・わかってはいる。だが、本当の所は何もわかっていない。自分の知見解会で自分の都合のいいように「わかっている」だけだ。・・・文字通りの正身端座の坐り切った所を行じていかない限り、曇った目のままで空しく過ごして生を終えることになる。」

 この自分に対する厳しさはのちに何処に行ってしまったのでしょうか。問題点がここまでハッキリしておれば、どうしてのちに「師匠が悪かった」と平面的に言えるのか、不思議でなりません。日常の生活の中で全く反映されない、その場限りの反省なのでしょうか。結局「アタマでは分かっているが、身を以て修せられない」典型的な例と言わなければなりません。  さて、彼は少なくとも一年に一回だけ、安泰寺文集に原稿を書くとき、正直になり自分の修行を厳しく見つめ直していました。典座当番での失敗話、後輩にお茶を取ってこいと言われて奮発している自分の話、堂頭さんのいない所でその悪口を言い、それが地獄耳だった堂頭に知られてしまった時の話などなど、十何年経った今読んでも面白い話ばかりです。  ここでその全てを取り上げるわけにはいきませんが、彼一人の問題ではなく、安泰寺で修行してきた多くの雲水達の問題が結局ここで解決できなかった理由をもうすこし明らかにするため、あと何ヶ所か引用したい所があります。まず同じ1991年の文集の中には、当時の雲水頭はこう語っています。

 「日常の忙しさの中に取り紛れていると、坐禅がしたくなる。坐禅をはじめると、居眠りをし、あるいは考え事をし、典座や作務、あるいは家庭が恋しくなる。  ・・・数息観や無字の拈提は、嫌うところである。しかし工夫もなく、眠りこけていると、警策を使わない此処では、自ら目覚めるのをまつばかり。ところが目覚めた時には、身心がゆるんでいたため寝疲れがたまっているのだ。経行して、気分を一新して、さあ、もう一ねむり。  ・・・眠ってしまうと、何もできない。・・・眼光紙背に徹する程に、普勧坐禅儀(天福寺本と流布本)、正法眼蔵坐禅儀、正法眼蔵坐禅箴を読んでみただろうか。考えてみただろうか。坐っているだろうか。・・・二五万便も、よくよく参じてみたらよい。坐禅用心記も、一蹴してすませられるものか?足脚の痛み、腰の痛みと戯れるばかりの時節もあるだろう。だが、それらを「一時の位相也」と済まし込んでいられるものか。「不為の力」というのは、不生不滅というがどこから起こってくるのだろうか。根元を徹見しないうちは安眠できない筈ではないか。  此処に来るまでは、大問題をかかえていてゆっくり眠ることもできなかった。此処に来て、問題が消滅して、ぐっすり眠れる。それはそれで、結構なことである。それならば、今此処に居て、新しく生じている問題に、真正面から取り組んでみて欲しい。坐禅は、自己の正体であるという。その自己の正体が、ボケーと眠りこけているばかりとは、これ一体どういうことか。」

 この二人の文書を読めば、当時の雲水の間で何が論じられていたかがよく伺えます。坐禅の後、外食堂(休憩部屋のようなところ)にあつまり、夜な夜な「式」ではない「法戦」が繰り返されました(形だけと化した「法戦式」という芝居がいま曹洞宗の修行の一環として専門僧堂などで定期的に行われていますが、その形だけではなく、仏法の中身を互いに問い、自己自身に問うことが本当の意味での「法戦」です)。「作務をすれば坐禅がしたくなり、坐禅をすれば今度は作務がしたくなる」・・・同じ問題にこの二人の雲水が焦点をおいていますが、自分自身に問うているようにも読めますが、はっきりしない他者に訴えているようにも受け取れます。「坐禅は自己の正体だ」といいながら、本当は「何年坐っても、オレの問題は解決されていないじゃないか!」と訴えているのであれば(一体、誰に?)、せっかくの自己の正体も台無しです。現に当時の雲水頭は次の年に安泰寺を後にしましたが、当分安泰寺の修行の仕方を問題視しつづけました。本当に「安泰寺の修行」が悪かったのか、それとも「安泰寺を創るべく」自分自身の坐禅工夫が無さ過ぎたのか、ということが問われています。  具体的な坐禅工夫の話ですが、例えば「数息観や無字の拈提は、嫌うところである」と言われていますが、先月も書きましたとおり、そこが私にはよく分かりません。道元禅師は呼吸や公案を否定しておりません。現に「学道用心集」という仏道入門書で「無字」の公案を取り上げています。もちろん、道元禅師の場合はこの「無字の拈提」は決して形にはまった、師匠と弟子が「独参の間」で行うやりとりではありません(それがしたければ、臨済宗の僧堂に入門するしかありません)。「学道用心集」のなかで、「無字」の公案を述べて、道元禅師はこういわれます。

 「無の字の上に於いて擬量し得てんや、擁滞し得てんや、全く巴鼻無し。請ふ試みに手を撒せよ。且く手を撒して看よ。身心は如何、行李は如何、生死は如何、仏法は如何・・・(「無」という字を考えることはできるか、捉えることができるか?そこには何のつかみ所もない!頼むから、手放してみなさい。手放して、ハッキリと見極めなさい。オマエ自身はどうなのか、オマエの日常はどうなっているのか、オマエの生死とは何なのか、そういう仏法とは何か・・・)」

 道元禅師において「無字の拈提」は手放しであり、自己自身に透明になることです。そういう工夫はいうまでもなく、安泰寺で「嫌う」どころか、当然しなければならない工夫です。また、これも先月述べましたが、「数息観」も決して禁じられているのではなく、「一蹴りして済ませられてはならない」瑩山禅師の「坐禅用心記」のなかであえて一つの手段として挙げられており、沢木老師もそういう瑩山禅師を引用して坐禅の手引きを示しています。自分の修行の全景のなかには当然これらの一つ一つの工夫が含まれていなければなりません。ところが、沢木老師の「坐禅の仕方」を見ても、道元禅師の「正法眼蔵坐禅儀」や「普勧坐禅儀」を見ても、呼吸や心のあり方を論じる前に、先ず身体の姿勢を問題にしています。「坐禅儀」と「普勧坐禅儀(天福本と流布本)」のいずれにも、まずこと細かく坐る場所や衣服の整え方から、親指の姿勢や口の中の舌の置き方に到るまでの指示がなされた後、呼吸と心について  坐禅儀には  「息は鼻より通ずべし。・・・欠氣一息あるべし。兀兀と坐定して思量箇不思量底なり。不思量底如何思量。これ非思量なり。これすなはち坐禪の法術なり。」  とあります。また、普勧坐禅儀(流布本)にも  「鼻息微かに通じ、身相既に調えて欠氣一息し、左右搖振して、兀兀として坐定して、箇の不思量底を思量せよ。不思量底如何が思量せん、非思量、此れ乃ち坐禪の要術なり。」  としか書いてありません。これは一体どういうことでしょうか。

 坐禅は調身・調息・調心が肝心と言われていますが、どうして道元禅師は身の姿勢の説明にあれだけ力を入れているのに、調息・調心を「息は鼻より通ずべし・・・不思量底如何思量、これ非思量なり」という極めて簡単な指示(?)で済ませているのだろうか、と不思議に思う人もいるでしょう。それは逆に、身を調えることはどれほど大事であるか、ということをも意味しています。極端にいえば、身の姿勢さえキッチンと調えてくれば、息も心も自然に「鼻息微かに通じ、・・・非思量」というふうに調ってくると言うことです。若い道元禅師は、「非思量」というつかみ所のない一言で心調を示す前には、もう少し親切に普勧坐禅儀の「天福本」のなかで

 「身相既に定まり、氣息も亦調へ、念起らば即ち覺せよ、之を覺せば即ち失す、久々に縁を忘じ、自ら一片とならん、此坐禪の要術なり。」

 と書いていますが、現代語に置き換えれば「身の姿勢が決まり、息も調ってきたら、心の中に思いが浮かんで来ればそれに真っ直ぐに気づき、気づいた思いをすぐ手放せばいい。自分を取り囲む物事に振り回されず、ただ自分自身になりきればよい。」ということでしょうか。もっと簡単に言えば、身体の姿勢を正して思いを手放すことです。  これだけ身体の姿勢が重要視されるのは、つまり、沢木老師の言葉を使うなら、凡夫のナマ肉をヘシ曲げて仏をカタメルのであり、決して凡夫の脳ミソをへし曲げて仏になるのではないからです。アタマの中だけの「問い直し」であれば、何の意味もなしていません。そのため沢木老師が繰り返しいわれます、「禅は精神ではない、この肉体で行く」と。また、坐禅において「筋肉のおさまり按配を練ることじゃ」。これではじめて「自分が自分を自分する」ということがいえます。 (続く・堂頭)

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