流転海48号

安泰寺文集・平成23年度


たもみ


 座るといえば、うんこ座り。昔も今も相も変わらず、見てくれも中身もおっさんのような女が電話の前で正座をして受話器を見つめている。彼女の背後にはコタツに入った二人の子どもが、NHKの幼児番組を見て牛乳を飲んでいた。蛍光灯の灯りに色とりどりの光がテレビから放たれる。女の様子を気にすることもなく、楽しげな歌とともに笑い声すら聞こえる。女は受話器を取る事もなく、じっと一点を見つめている。彼女の脳裏には何が映っているのであろうか。
 クリスタルのような氷が入ったロックグラスにウィスキーが入っている。女は無造作にそのグラスを自分の目の前に置き、肩をむき出しにした花柄のワンピースに乱れた髪を一つに結わえ、咥えタバコでカウンターで洗い物をしている。まるで昭和初期を描写した昼メロの一場面である。場末のスナックのママ。それとも…
 とある冬の日の正午前。一本の電話が入った。
「アーオレダケド。イロイロイソガシクテ、オソクナッタケドイマカラオリルワ。スキーデイクシ、ニジニハツクカラ。」
「午後から下りるんは危ないから、明日にして。マジで別にこんくていいし。明日でいいから。子どもも待ってないし。ほんま、こんといて。」
「アーダイジョーブ、ダイジョーブ」
 まさか、イヤよイヤよも好きのうち、とでも思ったのだろうか。バカなゲルマン大男と同じようなやり取りを何度か続けて、アーこりゃダメだとチョーさんばりにさじを投げ、受話器を置いた。まったく人の言う事を聞かない奴だとイラつく。何がダイジョーブだ…過去に雪の事故で人が亡くなっていることもあって。雪に関してはかなり神経を使う。電話を切った後、イライラしながら夕食の準備にかかる。台所の窓からは裏山に積もった雪しか見えない。風でカタカタとガラス窓が乾いた音をたてる。昼なのに薄暗く、ここ一ヶ月ほどはこの地で太陽の光を見ていないな…と思いながら、明るい緑が眩しい春を待ち侘びた。冬の間、雪に覆われる安泰寺で子どもの世話なんてできないわと、二、三ヶ月の間、実家に帰っていたが、いい加減、おんぶにだっこで親に迷惑をかけ続けるわけにもいかず、ここ数年は近くの集落の古民家を一軒借りて住んでいる。天井も広くとても立派な家である。すきま風が背中をわさっと通り、山陰の湿った暗い天気もあって、家も気持ちも暗くて寒い毎日ではあるが贅沢は言っていられない。こうやって家を貸してもらえるだけでありがたいことである。


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