流転海07

安泰寺文集・平成19年度


ジェフリー (東京都・二十二歳・大学生)


内的に意味のない宇宙で生まれた我々は死ぬまで種々様々な経験があり、意志のある有情の人間として現実に参加したり、現実を観察したりする。

実存主義的に考えてみたら、意味というのは無意味の宇宙に住んでいる人間に作られたことにすぎない。しかし、問題がある。有情の人間は無意味があ まり理解できないので意味がなければならない。意味を求める人間は多くが宇宙の無意味を認めないが故に色々な迷信が生まれる。宗教それ自体は意味を求める 結果である。道徳や論理なども意味の求めの結果である。

何も考えないように座禅を組んでも、脳が自動的に考える。死ぬまで死体のように行動するのは無理かもしれない。

私は宇宙の存在を認めるが、絶対的に存在している内的な意味を認めない。私に作られた意味を認める。けれど、自分自身を西洋風の虚無主義者だと見なされない。仏教の虚無という概念は西洋の「虚無・nihility」と違う。仏教、特に龍樹の虚無の概念に同意している。

さて、どうやって自分の存在を正当化するのであろうか?

正当化する必要はない。確かに・・・

重量挙げが好き。

-Jeffrey ジェフリー

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