流転海07

安泰寺文集・平成19年度


芳樹 (兵庫県・三十五歳・会社員)


「安泰寺にお世話になったのは、軽い気持ちからだった。
 テレビで取り上げられているのを見て、一度見てみたいと思ったのだ。
 世界中から雲水が集まっていることもあり、英語の勉強になるかな?くらいの気持ちだった。

  寺には大学時代のアメフト部の友人(小野和浩)と一緒に行った。
私は三年の途中で部を辞め、小野は四年間やり切った。
私は部を辞めたことに対しては、後悔の念はそれほどなかった。
この寺に来るまでは‥‥

寺の夕方の自由時間、小野と二人で裏の畑の周りを散歩した。
私は三十歳で大学に入りなおし、アメフト部に入部し、こうして一回り年下の友人と寺の周りを散歩している。
考えたら不思議な縁だ。
実にありがたいと思う。
そのようなことを考えながら歩いていると、アメフト部の水野監督の顔が浮かんできた。
また、同期の奴らの顔も浮かんでくる。桂木、森タツ etc
監督や奴らにもう一度会いたいと切実に思う。
こうやって小野と歩いているのも、水野監督がいたからこそだ。
もう一度監督と会いたい。
会うだけならできるだろう。世間話だってできるだろう。
だがオレは胸張って監督と会いたいのだ。
途中で部を辞めたオレが再び監督と胸張って会うことはもう二度とできないのか‥‥

そう思うと、取り返しのつかない後悔に、全身が冷たくなった。
本当に頭の先から足の先までスーっと冷たくなる。
その日以来、座禅している時、寝ている時、ずっとそのことを考えていた。
思うたびに全身が冷たくなる‥‥

部のことを忘れようと懸命にいろんなことを考えた。
“社会人でまたアメフトやればいいやん。そうすれば監督のことは忘れる。”
必死に自分に言い聞かせて、部のことを忘れようとする。
そんなことやったって、所詮ムダなのに‥‥
考えれば考えるほど、後悔は募る。
また全身が冷たくなる。
そのくり返しだ。

それから数日たって、雲水の前田さんと外でコーヒーを飲んでいた。
“カメさん、鳥小屋の世話するんで、ついて来てくれません?”
そう言われてついて行く。
そして鳥小屋で前田さんがひと言。

“自分が考えてるほど、人は自分のこと考えてないもんですよ。
 人の目は気にしなくていいんじゃないッスか?”

その瞬間、オレの中で何かがはじけた。
“よし、やる。
 もう一度大学に入りなおして、裏方としてチームに戻る。”

そう腹が決まった。
それからまったく元気がでた。
全身が冷たくなることはもうない。
むしろ全身が熱くなる。
それまでは “いかにしてチームのことを忘れようか?” という考えをめぐらせていたのに、それからは、“いかにしてチームに戻ろうか?” と考えるようになった。

オレの人生、このままでは何をやったって心は晴れない。
たとえ総理大臣になったって、億万長者になったって心は晴れない。
あのチーム抜きでは心は晴れない。

オレは晴れ晴れとした気持ちで死にたい。
晴れ晴れとした気持ちで死ぬには、ひとつでも心残りがあっちゃぁダメだ。
晴れ晴れと生き、晴れ晴れとした気持ちで死ぬ。
だから必ずチームに戻る。
パンの耳かじりながらでもやってやる。

前田さん、ありがとう。
アンタのおかげです。
あのひと言で、やったろう!という気になった。
本当にありがとう。

安泰寺で、自分の人生にとってなくてはならないものは何か、それが分かった。

前田さん、もしオレがこの先ダラダラ生きて、結局チームに戻らなかったら、
“あれ?カメさんまた逃げちゃったんスか?
 それで晴れ晴れと死ねますか?”
と、またオレを煽ってくださいね。

たのんます。 (終) 」

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