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永井哲学と私(承認欲、愛のベクトル、菩薩の実践の逆説性、シモーヌ・ウェイユとウィトゲンシュタイン、順悟りと逆悟り) & 本堂回り、2019年9月19日

「承認欲」についてのツイートが琴線に触れたので、思ったことを書きます。
 先生の比喩を少し変えれば、こういうことでしょう。
 寿命が尽きるまでの食料品は宇宙船に乗せて、私はたった一人で宇宙に向かって旅立っている。四六時中、地球と交信ができてあらゆる情報は入手できる。ところが、ある日に気づくことがある。地球からの受信がちゃんと届いているのに、こちらからの送信はどういうわけか、地球には届いていないらしい。地球側から私の存在がまったく承認されていないのだ。当然、そのうちは地球の役所では勝手に「死亡届」が出されてしまうのだろう。そう気づいたときに、私が普通に、あるいは楽しく生きることはできるのだろうか?

 私(=ネルケ)の考えでは、この例えはある意味では私たち人間の普通の状態を表わしているのではないかと思います。何せよ、「承認欲」というときに、「私の価値」ではなく、「私の存在」を承認してほしいという場合、ネルケ無方という個人の特徴などを承認してほしいというわけではもちろんなく、そいつの存在を承認してほしいわけでもない。個人としての私はどうでもよく、先生の表現を使えば、比類のない〈私〉を承認してほしいのだ! しかし、それは無謀なご注文であるのは承知の上で、だれでもいわば「送信のできない(届かない)宇宙飛行士」です。
 先日、私が新宿で使っていた、シモーヌ・ウェイユの「愛するとは、他者の存在を信じることだ」という言葉は、言い換えれば「愛とは他者の存在の承認」とも言えるでしょう。この場合も、「承認する(=信じる)」とはもちろん、その人の個性を認めるとか、価値を認めるとか、つまりその人の比類のある存在(一切分の一の自分)を認める(信じる)ことではなく、認めようのないその人の比類のない存在(一切分の一切の自己、〈私〉)を認めてしまうのではないでしょうか。
生きとしえ生けるものの中の一つとしての私は、「私のかけがえのない存在を認めてほしい」という無理な注文を出し続けている。ところが、永井先生が繰り返し強調されているように、神ですらネルケ無方が〈私〉であるということに気づいていない。つまり、神の存在を想定しても、ネルケ無方は承認されても、肝心な〈私〉は承認されないのだ! 神ですら承認しえないこの〈私〉を、他者に承認してほしい、これは承認欲の正体ではないでしょうか(もちろん、ほとんどの場合はそれは外見、金、ステータスなどによって、個人としての自分を承認してほしいといういわば「普通の承認欲」に隠されていると思います)。
 承認されたいのは、「私」としての存在ではなく、〈私〉の存在! こんな欲深い承認欲が満たされるはずもないが、菩薩(あるいはシモーヌ・ウェイユのような「聖人」)は逆に、自身は承認されようがされまいが、他者のそういう承認欲に答えようとしている。宇宙飛行士の例でいえば、「お前のこと、ちゃんと受信できているよ」という、届くかどうかわからないmessage in the bottleをそれでも、宇宙空間に向かって発信する。

 純粋に愛することは、へだたりへの同意である。自分と、愛するものとのあいだにあるへだたりを何より尊重することである。
 他の人たちがそのままで存在しているのを信じることが、愛である。
―(シモーヌ・ヴェイユ『重力と恩寵』より)

 〈私〉を承認できるのは、最終的には他者ではなく、私のみである。しかし、そのきっかけを他者が作ることはできる。「お前はかけがえのない存在を生きている」・・・送信されたこのメッセージがはたして受信されるかどうかは、送信した本人にはわからない。しかし、同じメッセージをかつて受信し、〈私〉に気づかされてしまった経験のあるものなら、他者にも発信せずにはいられないだろう(=したがって、菩提樹の下でこのメッセージを受信したブッダは、ただ単に「おしゃべり好きで」生きとして生けるものに向かってそのメッセージを「転送」したとは思えない。釈尊の悟りはいわば転送せずにはいられない「迷惑メール」であった!)。
 このことはまさに、私が新宿で提起しようとして問題とつながっています。
 親がそれぞれの子供の個性を認め、価値を認め、「己の内部」として愛したとしても、子供の承認欲はそれで満たされないでしょう。子供は親から、「みんなと同じように」愛されたいのではなく、ましてや「親の一部」として承認されたいでもなく、比類のない存在(したがって兄弟の仲の一人ではなく)として承認されたい。ところが、最愛の親もそのご注文だけには答えられない。内山老師の表現を使えば、奥さんと自分は二分の一の存在ではなく、一分の一の存在。親と子供も一分の一の存在。ところが、その一分の一の存在をこの〈私〉ととらえて、したがって生きとし生けるものを「〈私〉の内容」として受け止めてしまえば、他者の〈私〉を否定してしまい、その比類のない存在を承認できなくなるでしょう。
だから、第六図(比類のない〈私〉への気づき)からさらに出て、第一図(私秘性:だれでも「比類のない存在」である)を迂回し、他者に「お前こそ、比類のない存在」という矛盾したmessage in the bottleを送るの、菩薩だと思っています。
 たとえはまずいかもしれませんが、複数の子供の耳元で、それぞれほかの子供の聞こえないように、「これは絶対に秘密にしなければならないことだが、実はお前のことだけ愛している」とささやくようなこと。そしてこのメッセージが届くころには、そうやって愛されているのは「兄弟の中の一人」の自分ではなく、まさに比類のない存在であったという気づきを願う。子供がそう気づいてくれれば、そういうふうに愛されているんは実は自分だけではなかった(しかし、自己だけであった)と気づく。
 最後に、個人的な体験で恐縮ですが、坐禅を初めて三年目、高校生の頃に三週間ほど山小屋に籠ったことがあります。無口で、一人でいるのが一番好きな私が驚いたのは、「寂しい!!!」という感覚でした。一日に一回、夕方に近くの農家に牛乳をもらいに行きましたが、朝からこの農家のおばさんと一言だけでもかわすことを楽しみに、その一日を過ごしていました。
 その十年後、28歳の頃には5週間ほど、山にテントを張って籠ったことがあります。そのころは、高校生の経験があったので、食料品の心配なども、寂しさに耐えられるのだろうかという不安がありました。ところが、そのころは全く「寂しい!」という思いは起こらず、もっぱら野ネズミと食品を巡って戦っていました。
その差はなんだったのかわかりませんが、高校生の頃よりも28歳の頃から、〈私〉の比類のない存在に安住することができるようになっていたかもしれません。人から承認されなくても、自身で承認できるようになっていたのではないでしょうか。そして現在の私の公案は、いかに他者を(その人の)〈私〉への承認へ導くか、ということかもしれません。
長々とすみません。

 ツイッターのアカウントを持っていないので、プライベートメールでの返信をお許しください。
 先生と私の「真逆」のアプローチを順修行と逆修行として理解してよろしいでしょうか。順修行の場合、今まで「私」だけを生きている者が、実は(他の誰にも気づかれえない)〈私〉をも生きていることに気づいて、一人の人間から一服することに一種の救いを見出している。私(逆修行)の場合、ゲームの虚しさに気づいて、一人の人間であることから一服していたものは、他のプレーヤーにも同じことに気づいて欲しいと願うようになる(発菩提心)。そのために、再びゲームに参加し、従来の「私」というコマを演じながら、新しい菩薩のルール(布施、愛語、利行、同事)で遊ぶことによって、他のコマ(『私』たち)たちに「お前はコマだけじゃない、ゲーム全体を見渡している存在だよ」と呼びかける。しかし、そのためにこちら側は〈私〉に安住せず、「私」に戻らなければなりません。また、相手の承認し得ない〈私〉を承認し(承認させる)ために、いったん相手の「私」を承認しておくという迂回路を取らなければならない。
 差別的な表現を恐れず、順修行の順悟りが小乗的ならば、逆修行の逆悟りが大乗的ではないでしょうか。
 私から見れば、「真逆」というより、順悟りは逆悟りの準備段階。

ウィトゲンシュタイン 「論理哲学論考」

 この書物を理解するのは、おそらく、ここで表現された思想(あるいは、少なくとも類似した思想)を、かつて、一度は、自分自身で考えたことのある者ばかりであろう。ーつまり、本書は教科書ではないのであるー。本書を理会して読む者が一人でもあって、彼に楽しみを与える事ができさえすれば、本書の目的は達せられる。
 本書は哲學の諸問題を扱い、ー私の確信するところではー、これら諸問題に対する問いの立て方自体*が、われわれの言語の論理における誤解に基づいている、ということを示す。
 本書全体の意味するものは、概略以下の言葉に把握され得るであろう:語りうるものは明確に語らねばならない。しかし、語り得ぬものに対して、人は沈黙しなければならない・・・
(armchairanthroposophyst.hatenablog.com/entry/20160312/1457754835 より引用)

1 世界とは、起きていることすべてである。
1.1 世界は事実の全体であり、ものの全体ではない。
1.11 世界は事実によって、そしてそれらが事実のすべてであることによって、規定されている。
・・・
6.5 言い表わせない答えに対しては、問いもまた言い表わすことができない。謎は存在しない。問いが立てられるのならば、答えを与えることもまた可能である。
6.51 問うことのできないところで疑おうと試みるがゆえに、懐疑論は反論不可能なのではなく、あきらかにナンセンスなのである。問いが成り立つところでのみ、疑いも成り立ち、答えが成り立つところでのみ、問いが成り立つ。そして答えが成り立つのは、ただ、何ごとかを語ることができるところでしかない。
6.52 たとえ、科学で可能なすべての問いが答えられたとしても、生の問題はまったく手つかずのまま残されるだろうと、われわれは感じるのである。もちろん、その時もはや問うべき何ごとも残されていない。そしてまさにそれが答えなのである。
6.521 生の問題の解決は、問題の消滅によって気づかれる。(長い懐疑ののち、生の意義が明らかになった人々が、それでもなおその意義がどこにあるか語ることができない、その理由はまさにここにあるのではないか。)
6.522 もちろん言い表わせないものが存在する。それは自らを示す。それは神秘である。
6.53 語りうること、すなわち自然科学の命題--すなわち哲学とはなんの関係も無いこと--以外は何も語らぬこと。そして誰かがなにか形而上学的なことを語ろうとした時、そのたびに、あなたはあなたの命題のこの記号にいかなる意義も与えていないと指摘する。これが、本来の正しい哲学の方法である。この方法はその人を満足させないだろう。--彼は哲学を教えられている気がしないだろう。--しかし、これこそが、唯一厳密に正しい方法なのである。
6.54 私を理解するひとは、私の命題をよじ登り--その上に立ち--それを乗り越え、最後にそれがナンセンスであると気づく。このようにして私の命題は解明的である。(いわば、梯子をのぼりきった者は梯子を投げ捨てねばならない。)私の命題を超えねばならない。その時世界を正しく見るだろう。
7 語りえぬことについては、沈黙するしかない。
(tractatus-online.appspot.com/Tractatus/Meiryojp/4.html より引用)

ぼく:愛するって、どういうことかな?
ペネトレ:二つの種類の愛があるな。世界のはずれから世界の中心に向かっていく愛と、世界の中心から世界のはずれへ向かっていく愛の二つだ。…世界の中心っていうのは、もっと深い、すべての意味の源であるような、そういう中心なんだよ。…中略…もし、きみがだれかに対して、そういう世界の中心がそこにあるって感じたなら、それは愛だよ。
ぼく:ふーん。でも、中心の方からすみっこに向かう愛もあるんでしょ?
ペネトレ:そうさ、自分自身に、すこしでも世界の中心とつながっているっていう安心感があって、その安心感をすみっこにいるあの人にも分け与えてあげたいって感じたとすればね。それも愛だよ。
―(永井均『子供のための哲学対話』)

夏の田畑、2019年8月11日

夏の田畑 & 本堂回り、2019年8月2&4日

弁道話講義⑯本堂回り、2019年7月29&30日

とうていはく、「あるがいはく、生死(ショウジ)をなげくことなかれ、生死を出離するにいとすみやかなるみちあり。いはゆる、心性(シンショウ)の常住(ジョウジュウ)なることわりをしるなり。
そのむねたらく、この身体は、すでに生(ショウ)あればかならず滅(メツ)にうつされゆくことありとも、この心性はあへて滅することなし。
よく生滅にうつされぬ心性わが身にあることをしりぬれば、これを本来の性とするがゆゑに、身はこれかりのすがたなり、死此生彼(シシショウヒ)さだまりなし。心はこれ常住なり、去来現在(コライ ゲンザイ)かはるべからず。かくのごとくしるを、生死をはなれたりとはいふなり。
このむねをしるものは、従来の生死ながくたえて、この身をはるとき性海(ショウカイ)にいる。性海に朝宗(チョウソウ)するとき、諸仏如来のごとく、妙徳まさにそなはる。
いまはたとひしるといへども、前世の妄業(モウゴウ)になされたる身体なるがゆゑに、諸聖(ショショウ)とひとしからず。いまだこのむねをしらざるものは、ひさしく生死にめぐるべし。
しかあればすなはち、ただいそぎて心性の常住なるむねを了知(リョウチ)すべし。いたづらに閑坐(カンザ)して一生をすぐさん、なにのまつところかあらん。かくのごとくいふむね、これはまことに諸仏諸祖の道にかなへりや、いかん。」

しめしていはく、「いまいふところの見(ケン)、またく仏法にあらず、先尼外道(センニ ゲドウ)が見なり。いはく、かの外道(ゲドウ)の見(ケン)は、わが身うちにひとつの霊知あり、かの知、すなはち縁にあふところに、よく好悪(コウオ)をわきまへ、是非をわきまふ。痛痒(ツウヨウ)をしり、苦楽をしる、みなかの霊知のちからなり。
しかあるに、かの霊性(レイショウ)は、この身の滅するとき、もぬけてかしこにうまるるゆゑに、ここに滅すとみゆれども、かしこの生(ショウ)あれば、ながく滅せずして常住なりといふなり。かの外道が見、かくのごとし。
しかあるを、この見をならうて仏法とせん、瓦礫(ガリャク)をにぎりて金宝(コンポウ)とおもはんよりもなほおろかなり。癡迷(チメイ)のはづべき、たとふるにものなし。大唐国の慧忠国師(エチュウ コクシ)、ふかくいましめたり。
いま心常相滅(シンジョウ ソウメツ)の邪見を計(ケ)して、諸仏の妙法にひとしめ、生死の本因をおこして、生死をはなれたりとおもはん、おろかなるにあらずや、もともあはれむべし。ただこれ外道の邪見なりとしれ、みみにふるべからず。
ことやむことをえず、いまなほあはれみをたれて、なんぢが邪見をすくはん。しるべし、仏法には、もとより身心一如(シンジン イチニョ)にして、性相不二(ショウソウ フニ)なりと談ずる、西天東地(サイテン トウチ)おなじくしれるところ、あへてうたがふべからず。
いはんや常住を談ずる門には、万法みな常住なり、身と心とをわくことなし。寂滅を談ずる門には、諸法みな寂滅なり、性と相とをわくことなし。しかあるを、なんぞ身滅心常(シンメツ シンジョウ)といはん、正理(ショウリ)にそむかざらんや。
しかのみならず、生死(ショウジ)はすなはち涅槃(ネハン)なりと覚了(カクリョウ)すべし、いまだ生死のほかに涅槃を談ずることなし。
いはんや心は身をはなれて常住なりと領解(リョウゲ)するをもて、生死をはなれたる仏智に妄計(モウケ)すといふとも、この領解知覚の心は、すなはちなほ生滅して、またく常住ならず。これ、はかなきにあらずや。
嘗観(ショウカン)すべし、身心一如(シンジン イチニョ)のむねは、仏法のつねの談ずるところなり。しかあるに、なんぞこの身の生滅せんとき、心ひとり身をはなれて生滅せざらん。もし一如なるときあり、一如ならぬときあらば、仏説おのづから虚妄(コモウ)になりぬべし。
又生死はのぞくべき法ぞとおもへるは、仏法をいとふつみとなる。つつしまざらんや。
しるべし、仏法に心性大総相(シンショウ ダイソウソウ)の法門といふは、一大法界をこめて、性相(ショウソウ)をわかず、生滅をいふことなし。
菩提涅槃(ボダイ ネハン)におよぶまで、心性にあらざるなし。一切諸法 万象森羅、ともにただこれ一心にして、こめずかねざることなし。
このもろもろの法門、みな平等一心なり、あへて異違(イイ)なしと談ずる、これすなはち仏家の心性をしれる様子なり。
しかあるを、この一法に身と心とを分別し、生死と涅槃とをわくことあらんや。
すでに仏子なり、外道(ゲドウ)の見(ケン)をかたる狂人のしたのひびきをみみにふるることなかれ。」

正法眼蔵随聞記2-26
亦云く、道を得ることは心を以て得るか、身を以て得るか。教家等にも身心一如と云て、身を以て得るとは云へども、猶一如の故にと云ふ。しかあれば正く身の得ることはたしかならず。今我が家は身心ともに得るなり。其の中に心を以て佛法を計校する間は、萬劫千生得べからず。心を放下して知見解会を捨つる時得るなり。見色明心聞声悟道の如きも、猶を身の得るなり。然あれば心の念慮知見を一向に捨てて只管打坐すれば道は親しく得るなり。然あれば道を得ることは正しく身を以て得るなり。是に依りて坐を專らにすべしと覚へて勧むるなり。

マルコによる福音書(口語訳)14:37-38
「シモンよ、眠っているのか、ひと時も目をさましていることができなかったのか。誘惑に陥らないように、目をさまして祈っていなさい。心は熱しているが、肉体が弱いのである」

ガラテヤ人への手紙(口語訳)5:16-17
わたしは命じる、御霊によって歩きなさい。そうすれば、決して肉の欲を満たすことはない。
なぜなら、肉の欲するところは御霊に反し、また御霊の欲するところは肉に反するからである。こうして、二つのものは互に相さからい、その結果、あなたがたは自分でしようと思うことを、することができないようになる。

遺教経
「世は実に危脆なり。牢強なる者の無し。我れ今、滅を得ること悪病を除くが如し。此れは是れまさに捨つべき罪悪の物、仮に名づけて身と為す。老病生死の大海に没在す。何ぞ智者あって、之を除滅すること怨賊を殺すが如くして、而も歓喜せざらんや。」

修証義・行持報恩
「此(この)一日の身命は尊ぶべき身命なり、尊ぶべき形骸なり、此(この)行持あらん身心(しんじん)自らも愛すべし、自らも敬うべし」

流転会、2019年7月28日

愛語 (priya-vāditā) について、2019年7月17日

愛語といふは、衆生をみるにまづ慈愛の心をおこし、顧愛(こあい)の言語をほどこすなり。おほよそ暴悪の言語なきなり。世俗には安否をとふ礼儀あり、仏道には珍重のことばあり、不審の孝行あり。慈念衆生(じねんしゅじょう)、猶如赤子(ゆうにょしゃくし)のおもひをたくはへて言語するは愛語なり。徳あるはほむべし、徳なきはあはれむべし。愛語をこのむよりは、やうやく愛語を増長するなり。しかあれば、ひごろしられずみえざる愛語も現前するなり。現在の身命の存ぜらんあひだ、このんで愛語すべし、世々生々にも不退転ならん。怨敵を降伏し、君子を和睦ならしむること、愛語を根本とするなり。むかひて愛語をきくは、おもてをよろこばしめ、こゝろをたのしくす。むかはずして愛語をきくは、肝に銘じ、魂に銘ず。しるべし、愛語は愛心よりおこる、愛心は慈心を種子とせり。愛語よく廻天のちからあることを学すべきなり、たゞ能を賞するのみにあらず。

無財の七施 (眼施(がんせ)・和顔施(わがんせ)・言辞施(ごんじせ)・身施(しんせ)・心施(しんせ)・床座施(しょうざせ)・房舎施(ぼうしゃせ))

愛着、渇愛、十二因縁(無明-行-識-名色-六処-触-受-愛-取-有-生-老死)

四聖諦 (苦・集・滅・道 → 正見-正思-正語-正業-正命-正精進-正念-正定)

無無明・亦無無明尽、乃至、無老死、亦無老死尽。無苦・集・滅・道。

婆子焼庵(ばすしょうあん) 「枯木は寒巌に倚(よ)る。三冬に暖気なし」

四無量心(慈→布施・悲→愛語・喜→利行(?)・捨→同事)

愛語 (priya-vāditā) について、2019年7月17日

愛語といふは、衆生をみるにまづ慈愛の心をおこし、顧愛(こあい)の言語をほどこすなり。おほよそ暴悪の言語なきなり。世俗には安否をとふ礼儀あり、仏道には珍重のことばあり、不審の孝行あり。慈念衆生(じねんしゅじょう)、猶如赤子(ゆうにょしゃくし)のおもひをたくはへて言語するは愛語なり。徳あるはほむべし、徳なきはあはれむべし。愛語をこのむよりは、やうやく愛語を増長するなり。しかあれば、ひごろしられずみえざる愛語も現前するなり。現在の身命の存ぜらんあひだ、このんで愛語すべし、世々生々にも不退転ならん。怨敵を降伏し、君子を和睦ならしむること、愛語を根本とするなり。むかひて愛語をきくは、おもてをよろこばしめ、こゝろをたのしくす。むかはずして愛語をきくは、肝に銘じ、魂に銘ず。しるべし、愛語は愛心よりおこる、愛心は慈心を種子とせり。愛語よく廻天のちからあることを学すべきなり、たゞ能を賞するのみにあらず。

無財の七施 (眼施(がんせ)・和顔施(わがんせ)・言辞施(ごんじせ)・身施(しんせ)・心施(しんせ)・床座施(しょうざせ)・房舎施(ぼうしゃせ))

愛着、渇愛、十二因縁(無明-行-識-名色-六処-触-受-愛-取-有-生-老死)

四聖諦 (苦・集・滅・道 → 正見-正思-正語-正業-正命-正精進-正念-正定)

無無明・亦無無明尽、乃至、無老死、亦無老死尽。無苦・集・滅・道。

婆子焼庵(ばすしょうあん) 「枯木は寒巌に倚(よ)る。三冬に暖気なし」

四無量心(慈→布施・悲→愛語・喜→利行(?)・捨→同事)

坐禅の意味について(英語&日本語)& Antaiji kitchen、2019年7月9日&10日

人生の意味の有無、ゲームを降りること、出家と日常生活における行、大人の条件、坐禅における痛みとの向き合い方、座布上で死ぬこと、関心のない人への伝え方、修行によって人を幸せにできるか、輪廻転生はあるか、神通力、慈悲の根源、今ここに戻ること、坐禅して本当に何んならないのか、など、いろいろな質問について。

本堂回り、2019年7月7日

弁道話 & 正法眼蔵行持の講義、2019年6月28日&30日

Ⓠ7 とうていはく、「この坐禅の行は、いまだ仏法を証会(しょうえ)せざらんものは、坐禅辨道してその証をとるべし。すでに仏正法をあきらめえん人は、坐禅なにのまつところかあらん。」

Ⓐ7 しめしていはく、「痴人のまへにゆめをとかず、山子(さんす)の手には舟棹(しゅうとう)をあたへがたしといへども、さらに訓をたるべし。
それ修証はひとつにあらずとおもへる、すなはち外道の見なり。仏法には、修証これ一等なり。いまも証上の修なるゆゑに、初心の辨道すなはち本証の全体なり。かるがゆゑに、修行の用心をさづくるにも、修のほかに証をまつおもひなかれとをしふ。直指の本証なるがゆゑなるべし。すでに修の証なれば、証にきはなく、証の修なれば、修にはじめなし。ここをもて、釈迦如来、迦葉尊者、ともに証上の修に受用せられ、達磨大師、大鑑高祖、おなじく証上の修に引転せらる。仏法住持のあと、みなかくのごとし。すでに証をはなれぬ修あり、われらさいはひに一分の妙修を単伝せる、初心の辨道すなはち一分の本証を無為の地にうるなり。
しるべし、修をはなれぬ証を染汚せざらしめんがために、仏祖しきりに修行のゆるくすべからざるとをしふ。妙修を放下すれば本証 手の中にみてり、本証を出身すれば妙修通身におこなはる。
又まのあたり大宋国にしてみしかば、諸方の禅院みな坐禅堂をかまへて、五百六百、および一二千僧を安じて、日夜に坐禅をすすめき。その席主とせる伝仏心印の宗匠に、仏法の大意をとぶらひしかば、修証の両段にあらぬむねをきこえき。このゆゑに、門下の参学のみにあらず、求法の高流(こうる)、仏法のなかに真実をねがはん人、初心後心をえらばず、凡人聖人を論ぜず、仏祖のをしへにより、宗匠の道をおふて、坐禅辨道すべしとすすむ。
きかずや祖師のいはく、「修証はすなはちなきにあらず、染汚することはえじ。」又いはく、「道をみるもの、道を修す」と。しるべし、得道のなかに修行すべしといふことを。」

Ⓠ8とうていはく、「わが朝の先代に、教をひろめし諸師、ともにこれ入唐伝法せしとき、なんぞこのむねをさしおきて、ただ教をのみつたへし。」
Ⓐ8しめしていはく、「むかしの人師(にんし)この法をつたへざりしことは、時節のいまだいたらざりしゆゑなり。」

Ⓠ9とうていはく、「かの上代の師、この法を会得(えとく)せりや。」
Ⓐ9しめしていはく、「会(え)せば通じてん。」

ただ静かに坐禅する―このことだけが、今や私に残された、ただ一つの道でした。
まだ初秋とはいえ、すっかり秋らしくなってしまった信州の寺の、ガランとした僧堂の中に、外からさしこむ月光を受け、しげくすだく虫の声を聞きながら、ただ一人坐禅していたあの夜のことを、今でも思い出します。
それは何か大変すばらしいことを思いついたような派手な快感ではありませんでした。むしろただ求めにもとめたかけずりまわり、疲れはてたあげく、「まあひとやすみ」とホコをおさめて静かに坐ったとき、かえってそこに何か、ホノボノとした安らぎを、――もし「感覚以上の感覚」「覚知以上の覚知」といったものがありとすれば、そんなもので、わずかにそれを見出したとでもいえましょうか。…〈中略〉…今にして思えば、たしかこのころから私には、そこに何か、あるものが熟しつつあったようです。
それから一、二年たち、舞台は信州から京都にうつり、京都でも臘八接心のあるとき、本師老師は「仏法は無量無辺。小さなお前の思わくを、物足りさすものであろうわけがない」と。
――まさにこの言葉こそ、青天の霹靂、迅雷のごとく、私の身内(しんない)に轟(とどろ)きわたり、にわかに通じられた電流によって、従来の私はひっくりかえされてしまいました。…〈中略〉…「坐禅はサトリを『手籠め』にしたいという『思い』の手段となるべきではなく、かえって、坐禅とは本来『手放しの身構え』である。それでこの『無量無辺』を『無量無辺』ならしめる『手放しの身構え』に、ただまかせてゆくことが坐禅というものであり、また真実の自分というものでなければならない。つまり『私が坐禅をする』のではなく、『坐禅で私をする』ことこそが、真実というものなのだ」と。(1959年秋、ラジオ放送)  ―内山興正著『自己』(1965)

1 人情・世情ではなく仏法のために仏法を学し、仏法のために仏法を修すべきこと。
2 坐禅こそ本尊であり正師である。
3 坐禅は具体的に「得はマヨイ、損はサトリ」を実行し、二行(懺悔行、誓願行)、三心(喜心、老心、大心)として生活の中に働く坐禅でなければならない。
4 誓願を我が生命とし深くその根を養うこと。
5 向上するのも堕落するのも自分持ちであることを自覚して修行向上に励むこと。
6 黙って10年坐ること、さらに10年坐ること、その上10年坐ること。
7 真面目な修行者達が悩まないでいいような修行道場であることを願って互いに協力すべきこと。
(内山興正「安泰寺へ残す言葉」)

芙蓉山の楷祖、もはら行持見成の本源なり。國主より定照禪師號ならびに紫袍をたまふに、祖、うけず、修表具辭す。國主とがめあれども、師、つひに不受なり。米湯の法味つたはれり。芙蓉山に庵せしに、道俗の川湊するもの、僅數百人なり。日食粥一杯なるゆゑに、おほく引去す。師、ちかふて赴齋せず。あるとき衆にしめすにいはく。
夫れ出家は、塵労を厭い、生死を脱することを求めんが為に、心を休め、念を息め、攀縁を断絶す、故に出家と名づく。豈、等閑の利養を以て、平生を埋没す可けんや。直に須く両頭撒開し、中間放下して、声に遇い色に遇うも、石上に華を栽えるが如く、利を見、名を見るも、眼中に屑を著くるに似たるべし。況んや無始より以来、是れ、曾て経歴せざるにはあらず、又、是れ次第を知らせざるにはあらず、頭を翻じて尾と作すに過ぎず。止だ此の如くなるに於いて、何ぞ須く苦々として貪恋すべけん。如今歇まずんば、更に何れの時をか待たん。所以に先聖は、人をして只、要ず今時を尽却せしむ。能く今時を尽さば、更に何事か有らん。若し、心中の無事なることを得れば、仏祖も猶、是れ冤家なるがごとし。一切の世事、自然に冷淡にして、方に始めて那辺に相応せん。

Our Ancestor Dōkai of Mount Fuyō manifested a pure wellspring of ceaseless practice. When the ruler of the nation tried to bestow upon him the title of Meditation Master Jōshō along with a purple kesa, our Ancestor would not accept them and wrote a letter to the emperor politely declining his offer. Although the ruler of the nation censured him for this, the Master, to the end, did not accept them. His rice broth has passed down to us the taste of the Dharma. When he built his hermitage on Mount Fuyō, the monks and laity streamed to his refuge by the hundreds. Because he served them only one bowl of gruel as a day’s rations, many of them left. The Master, upon a vow, did not partake of any meals offered by donors. One day he pointed out the Matter to his assembly, saying the following:
To begin with, those who have left home behind to become monks have a distaste for the dust and troubles stirred up by defiling passions and seek to rise above birth and death. And they do so in order to give their hearts and minds a rest, to abandon discriminatory thinking, and to eradicate entanglements, which is why it is called ‘leaving home’. So, how can it possibly be all right for monks to indulge in conventional ways of living by being neglectful and greedy?
Straight off, you should discard all dualistic notions and let neutral ones drop off as well. Then, whenever you encounter any sights or sounds, it will be as if you were trying to plant a flower atop a stone, and whenever you encounter […]