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ビニールハウスの設置、2020年3月24日

典座教訓(16回目の輪講)、2020年2月17日

典座教訓の全文はこちら: antaiji.org/archives/jap/ten.shtml

今日のテキストの原文は:
所謂大心とは、其の心を大山(だいせん)にし、其の心を大海にす。偏(へん)無く黨(とう)無き心なり。
 兩を提(ひさげ)て輕しと爲なず、鈞を扛(あ)げて重しとすべからず。春聲(しゅんせい)に引か被(れ)て、春澤(しゅんたく)に游(あそ)ばず。秋色を見ると雖も、更に秋心無し。
 四運(しうん)を一景(いっけ)に竸ひ、銖兩(しゅりょう)を一目に視る。
 是の一節に於て大の字を書すべし。大の字を知るべし。大の字を學すべし。
 夾山(かつさん)の典座、若し大字を學せずんば、不覺の一笑もて、大原を度すること莫らん。
 大イ禅師、大字を書せずんば、一莖柴(いっきょうさい)を取て、三たび吹くべからざらん。
 洞山和尚、大字を知らずんば、三斤の麻を拈じて、一僧に示すこと莫らん。
 應に知るべし向來の大善知識は、倶に是れ百艸頭上に、大字を學し來て、今乃ち自在に大聲を作し、大義を説き、大事を了し、大人を接し、者箇(しゃこ)一段の大事因縁を成就する者なり。
 住持。知事。頭首。雲衲。阿誰(たれか)此の三種の心を忘却する者ならんや。
 (山+亠+日)(とき)に嘉禎三丁酉春。記(き)して後來學道の君子に示す。
 觀音導利興聖寶林禪寺住持傳法沙門道元記(しる)す。

ネットでも、典座教訓の英訳がご覧になれます。奥村正博老師とは別バージョンです:
Instructions for the Cook (Stanford translation)
INSTRUCTIONS FOR THE TENZO (translated by Anzan Hoshin & Yasuda Joshu)

典座教訓 、英語と日本語(15回目の輪講)、2020年2月14日

日本語は48:15分からです。

典座教訓の全文はこちら: antaiji.org/archives/jap/ten.shtml

今日のテキストの原文は:
所謂老心とは、父母の心なり。譬へば父母の一子を念ふが若(ごと)し。三寶を存念すること、一子を念ふが如くせよ。
 貧者窮者(ぐうしゃ)、強(弓+(口+虫))(ち)ながちに一子を愛育す。其の志如何ん。外人識らず。父と作り母と作て方(まさ)に之を識る。
 自身の貧富を顧みず。偏(ひとえ)に吾子の長大ならんことを念ふ。
 自の寒きを顧みず、自の熱きを顧みず、子を蔭(おほ)ひ子を覆(おほ)ふ。
 以て親切切切の至りと爲す。
 其の心を發(おこ)す人、能く之を識る。其の心に慣ふ人、方に之を覺る者なり。
 然あれば乃ち水を看穀を看るに、皆な子を養ふの慈懇を存すべき者か。
 大師釋尊猶ほ二千年の佛壽を分て、末世の吾れ等を蔭ひたまふ。其の意如何ん。唯だ父母の心を垂るるのみ。
 如來は全く果を求むべからず。亦た富を求むべからず。

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Instructions for the Cook (Stanford translation)
INSTRUCTIONS FOR THE TENZO (translated by Anzan Hoshin & Yasuda Joshu)

典座教訓(13回目の輪講)、2020年2月12日

典座教訓の全文はこちら: antaiji.org/archives/jap/ten.shtml

今日のテキストの原文は:
大宋國の諸山、諸寺、知事頭首の職に居るの族(やから)を見るが如きんば、一年の精勤爲りと雖も、各三般(さんぱん)の住持を存し、時と與(とも)に之を營み、縁を競ふて之を勵む。
 已に他を利するが如く兼て自利を豐にす。叢席を一興し高格を一新す。肩を齋(ひとし)うし頭を竸ひ踵を繼ぎ蹤を重んず。
 是に於て應に詳(つまびらか)にずべし。自を見ること佗の如くなるの癡人(ちにん)有り。佗を顧ること自の如くなるの君子有りことを。
 古人云く、「三分の光陰二早く過ぐ、靈臺一點も揩磨(かいま)せず。生を貧り日を遂ふて區區(くく)として去る。喚(よ)べども頭を囘らさず爭奈何(いかん)せん」と。
 須(すべから)く知るべし未だ知識に見(まみ)えんざれば、人情に奪は被(る)ることを。
 憐むべし愚子長者所傳の家財を運出(うんすい)して、徒(いたづら)に佗人面前の塵糞と作すことを。
 今は乃ち然かあるべからざるか。
 嘗(かつ)て當職を觀るに前來の有道、其の掌其の徳自から符す。
 大イの悟道も、典座の時なり。洞山の麻三斤も、亦た典座の時なり。
 若し事を貴ぶべき者ならば、悟道の事を貴ぶべし。若し時を貴ぶべき者ならば、悟道の時を貴ぶべき者か。
 事を慕ひ道を耽(たのし)むの跡、砂(いさこ)を握て寶と爲する、猶ほ其の驗(しる)し有り。形を模して禮(らい)を作す。屡(しばし)ば其の感を見る。
 何(いか)に況(いわん)や其の職是れ同じく、其の稱(しょう)是れ一なるをや。
 其の情其の業、若し傳ふべき者ならば、其の美其の道、豈に來らざらんや。

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Instructions for the Cook (Stanford translation)
INSTRUCTIONS FOR THE TENZO (translated by Anzan Hoshin & Yasuda Joshu)

典座教訓(12回目の輪講)、2020年2月9日

典座教訓の全文はこちら: antaiji.org/archives/jap/ten.shtml

今日のテキストの原文は:

山僧歸國より以降(このかた)錫を建仁に駐(とど)むること一兩三年。
 彼寺(矛+攵+心)(おろ)かに此の職を置けども。唯だ名字のみ有て、全く入の實無し。
 未だ是れ佛事なることを識らず、豈に敢て道を弁(冖+月)せんや。
 眞に其の人に遇はず、虚く光陰を度り、浪(みだり)道業を破ることを憐憫すべし。
 會(かつ)て彼の寺を看るに此の職の僧、二時の齋粥、都(すべ)て事を管せず。一りの無頭腦、無人情の奴子(ぬす)を帯して、一切大小の事、總に佗に説向す。正を作得すも、不正を作得すも、未だ會て去(ゆ)いて看せず。
 鄰家に婦女有るが如くに相ひ似たり。若し去(ゆ)いて得佗を見れば、及ち恥とし及ち瑕(きず)とす。
 一局を結構して、或は偃臥し、或は談笑し、或は看經(かんきん)し、或は念誦して、日久しく月深けれども、鍋邊(かへん)に到らず。
 況(いわん)や什物を買索(ばいさく)し、味數を諦觀するは、豈に其の事を存せんや。
 何(いか)に況や兩節の九拜未だ夢にだも見ざること在り。
 時至れども童行(ずんなん)に教ることも也(ま)た未だ會て知らず。
 憐むべく悲むべし。無道心の人。未だ會て有道徳に遇見せざるの輩(ともがら)、寶山に入ると雖も、空手にして歸り、寶海に到ると雖も、空身にして還ること。
 應に知るべし佗未だ會て發心せずと雖も、若も一本分人に見(まみ)へば、則ち其の道を行得せん。
 未だ本分人に見へずと雖も、若し是れ深く發心せば、則ち其の道を行膺せん。
 既に以(すで)に兩つながら闕(か)かば、何を以てか一の益あらん。

ネットでも、典座教訓の英訳がご覧になれます。奥村正博老師とは別バージョンです:
Instructions for the Cook (Stanford translation)
INSTRUCTIONS FOR THE TENZO (translated by Anzan Hoshin & Yasuda Joshu)

典座教訓 、英語で(14回目の輪講)、2020年2月13日

Today, Myogen spoke about Joyful Mind, as part of the three minds: Joyful mind, parental mind and magnanimous mind.

Original Japanese text can be found here: antaiji.org/archives/jap/ten.shtml

Myogen reads the English translation by Leigthon/Okumura.

Different versions on the Internet:
Instructions for the Cook (Stanford translation)
INSTRUCTIONS FOR THE TENZO (translated by Anzan Hoshin & Yasuda Joshu)

さくらエリア迄ハイキング 、恵光さん法戦式(ほっせんしき) デモンストレーション 、 2020年02月07日

典座教訓 、英語で(10回目の輪講)、2020年2月7日

Today, Myogen spoke about the importance of attitude while giving an receiving donations, and about genuine mind and respectful mind as essential part of the tenzo’s mind.

Original Japanese text can be found here: antaiji.org/archives/jap/ten.shtml

Myogen reads the English translation by Leigthon/Okumura.

Different versions on the Internet:
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一晩で70センチ降りました 、 2020年02月06日

典座教訓(9回目の輪講)、2020年1月29日

典座教訓の全文はこちら: antaiji.org/archives/jap/ten.shtml

今日のテキストの原文は:

 同年七月、山僧天童に掛錫(かしゃく)す。時に彼の典座來りて得相見して云く、「解夏了(かいげりょう)に典座を退き、郷に歸り去らんとす。適(たまた)ま兄弟(ひんでい)の老子が在りと説くを箇裏に聞く。如何ぞ來りて相見せざらんや」と。山僧喜踊(きゆう)感激して、佗を接して説話(せった)するの次で前日舶裏に在りし文字辨道の因縁を説き出す。
 典座云く、「文字を學ぶ者は、文字の故を知らんことを爲(ほっ)す。辨道を務る者は、辨道の故を肯(うけが)わんことを要す」と。
 山僧佗に問う、「如何にあらんか是れ文字」。座云く、「一二三四五」。
 又問う、「如何にあらんか是れ辨道」。座云く、「偏界會て藏さず」と。
 其の餘の説話(せった)、多般(たはん)有りと雖も、今緑せざる所なり。
 山僧聊(いささ)か文字を知り、辨道を了するは、及ち彼の典座の大恩なり。
 向來一段の事、先師全公に説似す。公甚だ隨喜するのみ。
 山僧後に雪竇の頌有り僧に示して「一字七字三五字。萬像窮め來るに據(よ)りどころ爲(あら)ず。夜深(ふ)け月白うして滄溟に下り、驪珠(りじゅ)を捜り得るは多許(そこばく)か有る」と云を看る。
 前年彼の典座の云ふ所と、今日雪竇の示す所と、自ら相ひ符合す。彌(いよいよ)知る彼の典座は是れ眞の道人なることを。
 然あれば則ち從來看る所の文字は、是れ一二三四五なり。今日看る所の文字も、亦た六七八九十なり。
 後來の兄弟(ひんでい)、這頭從り那頭を看了し、那頭從り這頭を看了す。恁(かくのごとき)功夫を作さば、便ち文字上の一味禪を了得し去らん。
 若し是の如くならずんば、諸方の五味禪の毒を被りて、僧食を排辨するに、未だ好手たることを得(う)べからざらん。
 誠に夫れ當職は先聞現證(せんもんげんしょう)。眼に在り耳に在り。文字有り道理有り。正的(しょうてき)と謂つべきか。
 縱(すで)に粥飯頭の名を忝(かたじけの)うせば、心術も亦た之に同ずべきなり。

ネットでも、典座教訓の英訳がご覧になれます。奥村正博老師とは別バージョンです:
Instructions for the Cook (Stanford translation)
INSTRUCTIONS FOR THE TENZO (translated by Anzan Hoshin & Yasuda Joshu)