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田んぼ水練り後 2020年4月28日

田んぼ水練り前 2020年4月27日

放参の一人坐禅、2020年4月26日

本堂回り、2020年4月16日

ビニールハウスの設置、2020年3月24日

典座教訓(16回目の輪講)、2020年2月17日

典座教訓の全文はこちら: antaiji.org/archives/jap/ten.shtml

今日のテキストの原文は:
所謂大心とは、其の心を大山(だいせん)にし、其の心を大海にす。偏(へん)無く黨(とう)無き心なり。
 兩を提(ひさげ)て輕しと爲なず、鈞を扛(あ)げて重しとすべからず。春聲(しゅんせい)に引か被(れ)て、春澤(しゅんたく)に游(あそ)ばず。秋色を見ると雖も、更に秋心無し。
 四運(しうん)を一景(いっけ)に竸ひ、銖兩(しゅりょう)を一目に視る。
 是の一節に於て大の字を書すべし。大の字を知るべし。大の字を學すべし。
 夾山(かつさん)の典座、若し大字を學せずんば、不覺の一笑もて、大原を度すること莫らん。
 大イ禅師、大字を書せずんば、一莖柴(いっきょうさい)を取て、三たび吹くべからざらん。
 洞山和尚、大字を知らずんば、三斤の麻を拈じて、一僧に示すこと莫らん。
 應に知るべし向來の大善知識は、倶に是れ百艸頭上に、大字を學し來て、今乃ち自在に大聲を作し、大義を説き、大事を了し、大人を接し、者箇(しゃこ)一段の大事因縁を成就する者なり。
 住持。知事。頭首。雲衲。阿誰(たれか)此の三種の心を忘却する者ならんや。
 (山+亠+日)(とき)に嘉禎三丁酉春。記(き)して後來學道の君子に示す。
 觀音導利興聖寶林禪寺住持傳法沙門道元記(しる)す。

ネットでも、典座教訓の英訳がご覧になれます。奥村正博老師とは別バージョンです:
Instructions for the Cook (Stanford translation)
INSTRUCTIONS FOR THE TENZO (translated by Anzan Hoshin & Yasuda Joshu)

典座教訓 、英語と日本語(15回目の輪講)、2020年2月14日

日本語は48:15分からです。

典座教訓の全文はこちら: antaiji.org/archives/jap/ten.shtml

今日のテキストの原文は:
所謂老心とは、父母の心なり。譬へば父母の一子を念ふが若(ごと)し。三寶を存念すること、一子を念ふが如くせよ。
 貧者窮者(ぐうしゃ)、強(弓+(口+虫))(ち)ながちに一子を愛育す。其の志如何ん。外人識らず。父と作り母と作て方(まさ)に之を識る。
 自身の貧富を顧みず。偏(ひとえ)に吾子の長大ならんことを念ふ。
 自の寒きを顧みず、自の熱きを顧みず、子を蔭(おほ)ひ子を覆(おほ)ふ。
 以て親切切切の至りと爲す。
 其の心を發(おこ)す人、能く之を識る。其の心に慣ふ人、方に之を覺る者なり。
 然あれば乃ち水を看穀を看るに、皆な子を養ふの慈懇を存すべき者か。
 大師釋尊猶ほ二千年の佛壽を分て、末世の吾れ等を蔭ひたまふ。其の意如何ん。唯だ父母の心を垂るるのみ。
 如來は全く果を求むべからず。亦た富を求むべからず。

ネットでも、典座教訓の英訳がご覧になれます。奥村正博老師とは別バージョンです:
Instructions for the Cook (Stanford translation)
INSTRUCTIONS FOR THE TENZO (translated by Anzan Hoshin & Yasuda Joshu)

典座教訓(13回目の輪講)、2020年2月12日

典座教訓の全文はこちら: antaiji.org/archives/jap/ten.shtml

今日のテキストの原文は:
大宋國の諸山、諸寺、知事頭首の職に居るの族(やから)を見るが如きんば、一年の精勤爲りと雖も、各三般(さんぱん)の住持を存し、時と與(とも)に之を營み、縁を競ふて之を勵む。
 已に他を利するが如く兼て自利を豐にす。叢席を一興し高格を一新す。肩を齋(ひとし)うし頭を竸ひ踵を繼ぎ蹤を重んず。
 是に於て應に詳(つまびらか)にずべし。自を見ること佗の如くなるの癡人(ちにん)有り。佗を顧ること自の如くなるの君子有りことを。
 古人云く、「三分の光陰二早く過ぐ、靈臺一點も揩磨(かいま)せず。生を貧り日を遂ふて區區(くく)として去る。喚(よ)べども頭を囘らさず爭奈何(いかん)せん」と。
 須(すべから)く知るべし未だ知識に見(まみ)えんざれば、人情に奪は被(る)ることを。
 憐むべし愚子長者所傳の家財を運出(うんすい)して、徒(いたづら)に佗人面前の塵糞と作すことを。
 今は乃ち然かあるべからざるか。
 嘗(かつ)て當職を觀るに前來の有道、其の掌其の徳自から符す。
 大イの悟道も、典座の時なり。洞山の麻三斤も、亦た典座の時なり。
 若し事を貴ぶべき者ならば、悟道の事を貴ぶべし。若し時を貴ぶべき者ならば、悟道の時を貴ぶべき者か。
 事を慕ひ道を耽(たのし)むの跡、砂(いさこ)を握て寶と爲する、猶ほ其の驗(しる)し有り。形を模して禮(らい)を作す。屡(しばし)ば其の感を見る。
 何(いか)に況(いわん)や其の職是れ同じく、其の稱(しょう)是れ一なるをや。
 其の情其の業、若し傳ふべき者ならば、其の美其の道、豈に來らざらんや。

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Instructions for the Cook (Stanford translation)
INSTRUCTIONS FOR THE TENZO (translated by Anzan Hoshin & Yasuda Joshu)

典座教訓(12回目の輪講)、2020年2月9日

典座教訓の全文はこちら: antaiji.org/archives/jap/ten.shtml

今日のテキストの原文は:

山僧歸國より以降(このかた)錫を建仁に駐(とど)むること一兩三年。
 彼寺(矛+攵+心)(おろ)かに此の職を置けども。唯だ名字のみ有て、全く入の實無し。
 未だ是れ佛事なることを識らず、豈に敢て道を弁(冖+月)せんや。
 眞に其の人に遇はず、虚く光陰を度り、浪(みだり)道業を破ることを憐憫すべし。
 會(かつ)て彼の寺を看るに此の職の僧、二時の齋粥、都(すべ)て事を管せず。一りの無頭腦、無人情の奴子(ぬす)を帯して、一切大小の事、總に佗に説向す。正を作得すも、不正を作得すも、未だ會て去(ゆ)いて看せず。
 鄰家に婦女有るが如くに相ひ似たり。若し去(ゆ)いて得佗を見れば、及ち恥とし及ち瑕(きず)とす。
 一局を結構して、或は偃臥し、或は談笑し、或は看經(かんきん)し、或は念誦して、日久しく月深けれども、鍋邊(かへん)に到らず。
 況(いわん)や什物を買索(ばいさく)し、味數を諦觀するは、豈に其の事を存せんや。
 何(いか)に況や兩節の九拜未だ夢にだも見ざること在り。
 時至れども童行(ずんなん)に教ることも也(ま)た未だ會て知らず。
 憐むべく悲むべし。無道心の人。未だ會て有道徳に遇見せざるの輩(ともがら)、寶山に入ると雖も、空手にして歸り、寶海に到ると雖も、空身にして還ること。
 應に知るべし佗未だ會て發心せずと雖も、若も一本分人に見(まみ)へば、則ち其の道を行得せん。
 未だ本分人に見へずと雖も、若し是れ深く發心せば、則ち其の道を行膺せん。
 既に以(すで)に兩つながら闕(か)かば、何を以てか一の益あらん。

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Instructions for the Cook (Stanford translation)
INSTRUCTIONS FOR THE TENZO (translated by Anzan Hoshin & Yasuda Joshu)

典座教訓 、英語で(14回目の輪講)、2020年2月13日

Today, Myogen spoke about Joyful Mind, as part of the three minds: Joyful mind, parental mind and magnanimous mind.

Original Japanese text can be found here: antaiji.org/archives/jap/ten.shtml

Myogen reads the English translation by Leigthon/Okumura.

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INSTRUCTIONS FOR THE TENZO (translated by Anzan Hoshin & Yasuda Joshu)