典座教訓 、英語で(10回目の輪講)、2020年2月7日
Today, Myogen spoke about the importance of attitude while giving an receiving donations, and about genuine mind and respectful mind as essential part of the tenzo’s mind.
Original Japanese text can be found here: antaiji.org/archives/jap/ten.shtml
Myogen reads the English translation by Leigthon/Okumura.
Different versions on the Internet:
Instructions for the Cook (Stanford translation)
INSTRUCTIONS FOR THE TENZO (translated by Anzan Hoshin & Yasuda Joshu)
典座教訓(9回目の輪講)、2020年1月29日
典座教訓の全文はこちら: antaiji.org/archives/jap/ten.shtml
今日のテキストの原文は:
同年七月、山僧天童に掛錫(かしゃく)す。時に彼の典座來りて得相見して云く、「解夏了(かいげりょう)に典座を退き、郷に歸り去らんとす。適(たまた)ま兄弟(ひんでい)の老子が在りと説くを箇裏に聞く。如何ぞ來りて相見せざらんや」と。山僧喜踊(きゆう)感激して、佗を接して説話(せった)するの次で前日舶裏に在りし文字辨道の因縁を説き出す。
典座云く、「文字を學ぶ者は、文字の故を知らんことを爲(ほっ)す。辨道を務る者は、辨道の故を肯(うけが)わんことを要す」と。
山僧佗に問う、「如何にあらんか是れ文字」。座云く、「一二三四五」。
又問う、「如何にあらんか是れ辨道」。座云く、「偏界會て藏さず」と。
其の餘の説話(せった)、多般(たはん)有りと雖も、今緑せざる所なり。
山僧聊(いささ)か文字を知り、辨道を了するは、及ち彼の典座の大恩なり。
向來一段の事、先師全公に説似す。公甚だ隨喜するのみ。
山僧後に雪竇の頌有り僧に示して「一字七字三五字。萬像窮め來るに據(よ)りどころ爲(あら)ず。夜深(ふ)け月白うして滄溟に下り、驪珠(りじゅ)を捜り得るは多許(そこばく)か有る」と云を看る。
前年彼の典座の云ふ所と、今日雪竇の示す所と、自ら相ひ符合す。彌(いよいよ)知る彼の典座は是れ眞の道人なることを。
然あれば則ち從來看る所の文字は、是れ一二三四五なり。今日看る所の文字も、亦た六七八九十なり。
後來の兄弟(ひんでい)、這頭從り那頭を看了し、那頭從り這頭を看了す。恁(かくのごとき)功夫を作さば、便ち文字上の一味禪を了得し去らん。
若し是の如くならずんば、諸方の五味禪の毒を被りて、僧食を排辨するに、未だ好手たることを得(う)べからざらん。
誠に夫れ當職は先聞現證(せんもんげんしょう)。眼に在り耳に在り。文字有り道理有り。正的(しょうてき)と謂つべきか。
縱(すで)に粥飯頭の名を忝(かたじけの)うせば、心術も亦た之に同ずべきなり。
ネットでも、典座教訓の英訳がご覧になれます。奥村正博老師とは別バージョンです:
Instructions for the Cook (Stanford translation)
INSTRUCTIONS FOR THE TENZO (translated by Anzan Hoshin & Yasuda Joshu)
典座教訓(8回目の輪講)、2020年1月28日
典座教訓の全文はこちら: antaiji.org/archives/jap/ten.shtml
今日のテキストの原文は:
又嘉定(かてい)十六年、癸未(きび)、五月中。慶元の舶裏(はくり)に在りて、倭使頭説話(せつた)次、一老僧有り來。年六十許歳(ばかり)。一直に便ち舶裏に到り、和客に問ふて倭椹(わじん)を討(たず)ね買う。
山僧他を請(しょう)して茶を喫せしむ。佗の所在を問へば、便ち是れ阿育王山の典座なり。
佗云く、「吾は是れ西蜀の人なり。郷を離るること四十年を得たり。今年是れ六十一歳。向來粗ぼ諸方の叢林を歴(へ)たり。先年權(か)りに孤雲裏に住し、育王を討ね得て掛搭(かた)し、胡亂に過ぐ。
然あるに去年解夏(かいげ)了(りょう)。本寺の典座に充てらる。明日五日なれども、一供(く)渾(すべ)て好喫無し。麺汁を做(つく)らんと要するに、未だ椹(じん)の在らざる有り。仍(よっ)て特特として來る。椹を討ね買いて、十方の雲衲に供養せんとす」と。
山僧佗に問ふ、「幾ばく時か彼(かしこ)を離れし」。座云く、「齋了(さいりょう)」。
山僧云く、「育王這裏を去ること多少の路か有る」。座云く、「三十四五里」。山僧云く、「幾ばく時か寺裏に廻り去るや」。座云く、如今(いま)椹を買ひ了らば便ち行(さら)ん」。
山僧云く、「今日期せずして相ひ會し、且つ舶裏に在て説話(せった)す。豈に好結縁(こうけつえん)に非ざらんや。道元典座禪師を供養せん」。
座云く、「不可なり。明日の供養、吾れ若し管せずんば、便ち不是(ふぜ)にし了(おわ)らん」。
山僧云く、「寺裏何ぞ同事の者齋粥を理會する無からんや。典座一位、不在なりとも、什麼(なん)の欠闕(かんけつ)か有らん」。
座云く、「吾れ老年に此の職を掌(つかさど)る。及ち耄及(ぼうぎゅう)の辨道なり。何を以て佗に讓る可けんや。又た來る時未だ一夜宿の暇を請はず」。
山僧又典座に問ふ、「座尊年、何ぞ坐禪辨道し、古人の話頭を看せざる。煩く典座に充て、只管に作務す、甚(なん)の好事か有る」と。
座大笑して云く、「外国の好人、未だ辨道を了得せず。未だ文字を知得せざること在り」と。
山僧佗の恁地(かくのごとき)の話を聞き、忽然として發慚驚心(ほつざんきょうしん)して、便ち佗に問ふ、「如何にあらんか是れ文字。如何にあらんか是れ辨道」と。
座云く、「若も問處を蹉過せずんば、豈に其の人に非ざらんや」と。
山僧當時(そのかみ)不會(ふえ)。
座云く、若し未だ了得せずんば、佗時(たじ)後日、育王山に到れ。一番文字の道理を商量し去ること在らん」と。
恁地(かくのごとく)話(かた)り了って、便ち座を起って云く、「日晏(く)れ了(な)ん忙(いそ)ぎ去(いな)ん」と。便ち歸り去れり。
ネットでも、典座教訓の英訳がご覧になれます。奥村正博老師とは別バージョンです:
Instructions for the Cook (Stanford translation)
INSTRUCTIONS FOR THE TENZO (translated by Anzan Hoshin & Yasuda Joshu)
安泰寺の「禅ガーデン」& 「禅キッチン」、ネルケ無方の話、2019年10月9日~26日
「12月17日開催サンガくらぶ『スリランカとドイツから見た日本仏教の現在』のプレイベントです。
①(ネルケ):youtu.be/4qAdMZzdREE
②(スマ長):youtu.be/1AKWTg1vXFo
講演会のお申し込みはコチラ:http://bit.ly/355KUQf
奥村正博老師について。
三心禅コミュニティ:amy.hi-ho.ne.jp/ryutaro-suzuki/
正博さんと私の最初の出会い、園部での修行体験について:muhone.hatenablog.com
SIT Short Documentary Film: youtu.be/b0CB_Gu2n9o
Zazen is Good for Nothing: youtu.be/8T-Z1WoFXkk
原文(現代語訳付き):dogen-shobogenzo.com/bendowa18.html
原文(現代語訳なし):shomonji.or.jp/soroku/genzou.htm
安泰寺の「禅ガーデン」& 田んぼ、ネルケ無方の講演、2019年9月22日~30日
Ⓠ⑪ とうていはく、「この坐禅をもはらせん人、かならず戒律を厳浄(ごんじょう)すべしや。」
Ⓐ⑪ しめしていはく、「持戒梵行は、すなはち禅門の規矩(きく)なり、仏祖の家風なり。いまだ戒をうけず、又戒をやぶれるもの、その分なきにあらず。」
正法眼蔵随聞記一-二
亦云く、戒行持齋を守護すべければとて、強て宗として是を修行に立て、是によりて得道すべしと思ふも、亦これ非なり。只だ是れ衲僧の行履、佛子の家風なれば、隨ひ行ふなり。是れを能事(よきこと)と云へばとて、必ずしも宗とする事なかれ。然あればとて破戒放逸なれと云(いう)には非ず。若し亦かの如く執せば邪見なり、外道なり。只だ佛家の儀式、叢林の家風なれば隨順しゆくなり。是を宗とする事、宋土の寺院に寓(ぐう)せし時に、衆僧にも見へ來らず。實(まこと)の得道にためには唯だ坐禪工夫、佛祖の相傳なり。是によりて一門の同學五眼房(ごげんぼう)故葉上(ようじょう)僧正の弟子が、唐土の禪院にて持齋をかたく守りて戒經を終日誦せしをば、敎て捨てしめたりしなり。
懷奘問て云く、叢林學道の儀式は百丈の淸規を守るべきか。然あれば、彼れはじめに受戒護戒を以て先とすと見へたり。亦今の傳來相承は根本戒をさづくとみへたり。當家の口訣(くけつ)、面授にも、西來相傳の戒を學人にさづく。是れ便ち、今の菩薩戒なり。然あるに今の戒經に、日夜に是を誦せよと云へり。何ぞ是を誦するを捨てしむるや。
師云く、しかなり。學人最とも百丈の規繩(きじょう)を守るべし。然あるに其の儀式は受戒護戒坐禪等なり。晝夜に戒經を誦し專ら戒を護持すと云は、古人の行履に隨て祇管打坐すべきなり。坐禪の時何れの戒か持たざる。何れの功德か來らざる。古人行じおける處の行履、皆深き心なり。私しの意樂(いぎょう)を存ぜずして、衆に隨ひ古人の行履に任せて行じゆくべきなり。
正法眼蔵随聞記一‐十六
問て云く、破戒にして虚く人天の供養を受け、無道心にして、徒に如來の福分を費やさんより、在家人に隨ふて在家の事をなして、命ながらへて能く修道せんこと如何ん。
答て云く、誰か云ひし破戒無道心なれと。只強て道心を發し佛法を行ずべきなり。いかに況や持戒破戒を論ぜず、初心後心を分かたず、齊しく如來の福分を與ふとは見へたれども、破戒ならば還俗すべし、無道心ならば修行せざれとは見へず。誰人か初めより道心ある。只かくの如く發し難きを發し、行じがたきを行ずれば、自然に增進するなり。人々皆な佛性あり。徒づらに卑下すること莫れ。
正法眼蔵随聞記一-六
或時、奘問て云く、如何是不昧因果底道理(如なるか是れ不昧因果底の道理)。
師云く、不動因果なり。
云く、なんとしてか脱落せん。
師云く、因果歴然なり。
云く、かくの如くならば因、果を引起すや、果、因を引起すや。
師云く、總てかくの如くならば、かの南泉の猫兒(みょうじ)を斬るがごとき、大衆既に道ひ得ず、便ち猫兒を斬却(ざんきゃく)しおはりぬ。後に趙州、頭(こうべ)に草鞋(そうあい)を戴(いただ)きて出(いで)たりし、亦一段の儀式なり。
亦云く、我れ若し南泉なりせば、即ち云べし、道ひ得たりとも便ち斬却せん、道ひ得ずとも便ち斬却せん、何人か猫兒をあらそふ、何人か猫兒を救ふと。大衆に代て云ん、既に道ひ得ず、和尚猫兒を斬却せよと。亦大衆に代て云ん、和尚只一刀兩段を知て一刀一段を知らずと。
奘云く、如何是一刀一段。
師云く、猫兒(みょうじ)是(これなり)。
亦云く、大衆不對の時、我れ南泉ならば、大衆既に道不得と、云て便ち猫兒を放下してまじ。古人の云く、大用現前して軌則を存ぜずと。
亦云く、今の斬猫は是便ち佛法の大用現前なり、或は一轉語なり。若し一轉語にあらずば山河大地妙淨明心と云べからず。亦即心是佛とも云べからず。便ち此一轉語の言下(ごんか)にて猫兒即佛身と見よ。亦此(この)詞(ことば)を聽て學人も頓に悟入すべし。
亦云く、此(この)斬猫兒(ざんみょうじ)即是佛行なり。喚(よん)で何とか云べき。
云く、喚で斬猫と云べし。
奘云く、是れ罪相なりや否や。
云く、罪相なり。
奘云く、なにとしてか脱落せん。
云く、別別無見なり。
云く、別解脱戒とはかくの如を云か。
云く、然り。
亦云く、たヾしかくの如きの料簡(りょうけん)、たとひ好事なるとも無らんにはしかじ。
奘問て云く、犯戒の語(ご)は受戒已後(じゅかいいご)の所犯を云(いう)か、唯亦(ただまた)未受己前の罪相をも犯戒と云べきか。如何ん。
師答て云く、犯戒の名は受後の所犯を云べし。未受己前所作の罪相をば只罪相罪業と云て犯戒と云べからず。
問て云く、四十八輕戒の中に未受戒の所犯を犯と名くと見ゆ。如何ん。
答て云く、然らず。彼は未受戒の者、今ま受戒せんとする時、所造のつみを懺悔するに、今の戒にのぞめて、前に十戒等を授かりて犯し、後ち亦輕戒を犯ずるをも犯戒と云なり。以前所造の罪を犯戒と云にはあらず。
問て云く、今受戒せんとする時、まへに造りし所の罪を懺悔せんが爲に、未受戒の者に十重四十八輕戒を敎へて讀誦せしむべしと見へたり。亦下の文に、未受戒の前にして説戒すべからずと。此の二處の相違如何。
答て云く、受戒と誦戒とは別なり、懺悔のために戒經を誦するは猶是念經(ねんきん)なり。故に末受の者、戒經を誦せんとす。彼が爲に經を説かんこと咎あるべからず。下の文に、利養の爲のゆゑに未受戒の前にして是を説ことを制するなり。今受戒の者に懺悔せしめん爲には最も是を敎ゆべし。
問て云く、受戒の時は七逆の受戒を許さず。先の戒の中には逆罪も懺悔すべしと見ゆ。如何ん。
答て云く、實に懺悔すべし。受戒の時、許さヾることは、且く抑(よく)止門とて抑ゆる義なり。亦上の文は、破戒なりとも還(かえって)得受せば淸淨なるべし。懺悔すれば淸淨なり。未受に同からず。
問て云く、七逆すでに懺悔を許さば、亦受戒すべきか。如何ん。
答て云く、然あり。故僧正自ら所立(しょりゅう)の義なり。既に懺悔を許す、亦是受戒すべし。逆罪なりとも、くひて受戒せば授くべし。況や菩薩はたとひ自身は破戒の罪を受とも、他の爲には受戒せしむべきなり。
生死の中に仏あれば、生死なし。
またいはく、生死の中に仏なければ、生死にまどはず。
こころは夾山・定山といはれし、ふたりの禅師のことばなり。得道の人のことばなれば、さだめてむなしくもうけじ。
生死をはなれんとおもはむ人、まさにこの旨をあきらむべし。もし人、生死のほかにほとけをもとむれば、ながえをきたにして越にむかひ、おもてをみなみにして北斗をみんとするがごとし。
いよいよ生死の因をあつめて、さらに解脱のみちをうしなヘり。ただ生死すなわち涅槃とこころえて、生死としていとふべきもなく、涅槃としてねがふべきもなし このときはじめて、生死をはなるる分あり。
生より死にうつるとこころうるは、これあやまりなり。生はひとときのくらいにて、すでにさきありのちあり。かるがゆゑに、仏法のなかには、生すなはち不生といふ。滅もひとときのくらゐにて、またさきありのちあり、これによりて滅すなはち不滅といふ。
生というときには、生よりほかにものなく滅というときは、滅のほかにものなし。かるがゆゑに、生きたらば、ただこれ生、滅きたらばこれ滅にむかひてつかふべし。いとうことなかれ、ねがふことなかれ。
この生死は、すなはち仏の御いのちなり。
これをいとひすてんとすれば、すなはち仏の御いのちをうしなはんとするなり。これにとどまりて、生死に著すれば、これも仏のいのちをうしなうなり。仏のありさまをとどむるなり。
いとうことなく、したうことなき、このときはじめて、仏のこころにいる。ただし心をもてはかることなかれ、ことばをもていうことなかれ。
ただわが身をも心をも、はなちわすれて、仏のいへになげいれて、仏のかたよりおこなわれて、これにしたがひもてゆくときちからをもいれず、こころをもつひやさずして、生死をはなれ仏となる。たれの人か、こころにとどこほるべき。
仏となるにいとやすきみちあり。
もろもろの悪をつくらず、生死に著するこころなく、一切衆生のためにあはれみふかくして、かみをうやまひ、しもをあはれみ、よろづをいとうこころなく、ねがふこころなくて、心におもうことなく、うれうることなき、これを仏となづく。またほかにたづぬることなかれ。
芙蓉山(フヨウザン)の楷祖(カイソ)、もはら行持見成(ギョウジ ゲンジョウ)の本源なり。国主より定照禅師号(ジョウショウ ゼンジゴウ)ならびに紫袍(シホウ)をたまふに、祖うけず、修表具辞(シュヒョウ グジ)す。国主とがめあれども、師つゐに不受なり。
米湯(ベイトウ)の法味(ホウミ)つたはれり、芙蓉山に庵(アン)せしに、道俗の川湊(センソウ)するもの、僅(オオヨソ)数百人なり。日食(ニチジキ)粥一杯なるゆゑに、おほく引去(インコ)す。師ちかふて赴斉(フサイ)せず。
あるとき、衆(シュ)にしめすにいわく、
「夫(ソ)れ出家は、塵労(ジンロウ)を厭(イト)ひ生死(ショウジ)を脱せんことを求めんが為なり。心を休め念を息(ヤ)めて攀縁(ハンエン)を断絶す、故に出家と名づく。豈(アニ)等閑(ナオザリ)の利養を以て、平生(ヘイゼイ)を埋没すべけんや。
直(ジキ)に須(スベカ)らく両頭撒開(リョウトウ サッカイ)し、中間放下(チュウゲン ホウゲ)して、声に遇(ア)い色に遇うも、石上(セキジョウ)に華(ハナ)を栽(ウユ)るが如く、利を見、名を見るも、眼中に屑(セツ)を著(ツク)るに似(ニ)たるべし。
況(イワ)んや無始(ムシ)従り以来、是れ曾(カツ)て経歴(ケイレキ)せざるにあらず、又是れ次第を知らざるにあらず、頭(コウベ)を飜(ホン)じて尾と作(ナ)すに過(スギ)ず。
止(タダ)此(カク)の如くなるに於て、何ぞ須(モチイ)ん苦苦(クク)として貪恋することを、如今(イマ)歇(ヤメ)ずんば、更に何(イズ)れの時をか待たん。
所以(ユエ)に先聖(センショウ)、人をして只(タダ)今時(コンジ)を尽却(ジンキャク)せんことを要せしむ。能く今時を尽さば、更に何事か有らん。
若し心中無事なることを得ば、仏祖猶ほ是れ冤家(オンケ)の如し。一切の世事、自然(ジネン)に冷淡にして、方(マサ)に始めて那辺(ナヘン)と相応(ソウオウ)せん。
你(ナンジ)見ずや、隠山(インザン)死に至るまで、肯(アエ)て人を見ず。趙州(ジョウシュウ)死に至るまで、肯て人に告げず。
匾担(ヘンタン)は橡栗(ショウリツ)を拾うて食(ジキ)とし、大梅(ダイバイ)は荷葉(カヨウ)を以て衣とす。紙衣道者(シエ ドウジャ)は只(タダ)紙を披(キ)、玄太上座(ゲンタイ ジョウザ)は只 布を著(ツ)く。
石霜(セキソウ)は枯木堂(コボクドウ)を置(タ)てて衆(シュ)と与(トモ)に坐臥(ザガ)す、只 你が心を死了(シリョウ)せんことを要(ヨウ)す。
投子(トウス)は人をして米(ベイ)を辨(ベン)じ、同じく煮て共に餐(サン)せしむ、你が事を省取(セイシュ)することを得んと要す。
且(シバラ)く従上(ジュウジョウ)の諸聖(ショショウ)、此(カク)の如くの榜様(ボウヨウ)あり、若(モ)し長処(チョウショ)無くんば、如何(イカン)が甘(アマナ)い得ん。
諸仁者(ショニンジャ)、若し也(マ)た斯(ココ)に於いて体究(タイキュウ)せば、的(マサ)に不虧(フキ)の人也。若し也た肯(アエ)て承当(ジョウトウ)せずんば、向後(コウゴ)深く恐らくは力を費やさん。
山僧(サンゾウ)行業(ギョウゴウ)取ること無うして、忝(カタジケナ)く山門に主たり、豈(アニ)坐(イナガ)ら常住(ジョウジュウ)を費やして、頓(トン)に先聖(センショウ)の附嘱(フショク)を忘る可けんや。
今 輙(スナワ)ち略(ホボ)古人の住持(ジュウジ)たる体例(タイレイ)に学(ナラ)わんと欲す。諸人と議定(ギジョウ)して更に山を下らず、斉(サイ)に赴かず。
化主(ケシュ)を発せず、唯 本院の荘課(ソウカ)一歳の所得をもて、均(ヒト)しく三百六十分と作(ナ)して、日に一分を取って之(コレ)を用い、更に人に随って添減(テンゲン)せず。
以て飯に備(ソナウ)べくんば、則(スナワチ)飯と作し、飯と作して足らずんば、則 粥と作し、粥と作して足らずんば、則 米湯(ベイトウ)と作さん。
新到相見(シントウ ショウケン)も茶湯のみ、更に煎点(センテン)せず。唯 一茶堂を置いて、自ら去って取り用ゆ。務めて縁を省て、専一に辨道(ベンドウ)せんことを要す。
又 況(イワンヤ)や活計 具足(グソク)し、風景 疎ならず、華 笑(エ)むことを解(ゲ)し、鳥 啼くことを解す、木馬 長(トコシナ)えに鳴(イナナ)き、石牛(セキギュウ)善く走(ワシ)る。
天外(テンガイ)の青山 色 寡(スクナ)く、耳畔(ニハン)の鳴泉 声無し。
嶺上 猿啼いて、露 中霄(チュウショウ)の月を湿(ウルオ)し、林間 鶴 唳(ナ)いて、風 清暁(セイギョウ)の松を回(メグ)る。
春風 起る時、枯木 龍吟(リュウギン)し、秋葉 凋(シボ)みて、寒林 花散ず。
玉階苔蘚(ギョクカイ タイセン)の紋(モン)を鋪(シ)き、人面煙霞(ニンメン エンカ)の色を帯(オ)ぶ。
音塵寂爾(オンジン ジャクニ)として、消息宛然(ショウソク エンネン)たり。一味蕭条(イチミ ショウジョウ)として、趣向(シュコウ)すべき無し。
山僧(サンゾウ)今日、諸人の面前(メンゼン)に向かって家門を説く、已(スデ)に是れ便りを著(ツ)けず。
豈(アニ)更に去って陞堂入室(シンドウ ニッシツ)し、拈槌竪払(ネンツイ ジュホツ)し、東喝西棒(トウカツ セイボウ)して、眉を張り目を怒らし、癇病(カンビョウ)の発するが如くに相(アイ)似たるべけんや。
唯(タダ)上座(ジョウザ)を屈沈(クッチン)するのみにあらず、況(イワン)や亦(マ)た先聖(センショウ)に辜負(コフ)せんをや。
你(ナンジ)見ずや、達磨西来(ダルマ セイライ)して、少室山(ショウシツザン)の下に到り、面壁九年(メンペキ クネン)す。
二祖、雪に立ち臂(ヒジ)を断つに至って、謂(イイ)つ可し、艱辛(カンシン)を受くと。
然れども達磨 曾(カツ)て一詞(イッシ)を措了(ソリョウ)せず、二祖 曾て一句を問著(モンジャク)せず。
還って達磨を喚んで、不為人(フイニン)と作(ナ)し得てんや、二祖を喚んで、不求師(フグシ)と做(ナ)し得てんや。
山僧、古聖(コショウ)の做処(サショ)を説著(セツジャク)するに至るごとに、便ち覚(オボ)ふ、身を容るるに地無きことを、懺愧(ザンキ)す、後人(コウジン)の軟弱なることを。
又 況(イワ)んや百味の珍羞(チンシュウ)、逓(タガイ)に相(アイ)供養し、道(イ)ふ、我は四事具足(シジ グソク)して、方(マサ)に発心(ホッシン)す可しと。
只 恐らくは做手脚(サシュキャク)迄(イタ)らずして、便ち是れ生(ショウ)を隔て世を隔て去らん。時光 箭(ヤ)に似たり、深く為に惜しむ可し。
然も是(カク)の如くなりと雖も、更に他人の長に従って相(アイ)度(ワタ)るに在(ア)り。山僧(サンゾウ)也(マ)た強(シイ)て你(ナンジ)を教ふることを得ず。
諸仁者(ショニンジャ)、還(カエ)って古人の偈(ゲ)を見るや、
『山田脱粟(サンデン ダツゾク)の飯、野菜淡黄(ヤサイ タンオウ)の韲(サイ)、喫せば則(スナワ)ち君が喫するに従(マカ)す、喫せざれば東西するに任(マカ)す。』
伏して惟(オモン)みれば同道(ドウドウ)、各自に努力せよ。珍重(チンチョウ)。」
これすなはち祖宗単伝の骨髄なり。高祖の行持おほしといへども、しばらくこの一枚を挙(コ)するなり。
いまわれらが晩学なる、芙蓉(フヨウ)高祖の芙蓉山に修練(シュレン)せし行持、したひ参学すべし。それすなはち祇薗(ギオン)の正儀(ショウギ)なり。
別バージョン:
芙蓉山の楷祖、もはら行持見成の本源なり。國主より定照禪師號ならびに紫袍をたまふに、祖うけず、修表具辭す。國主とがめあれども、師、つひに不受なり。米湯の法味つたはれり。芙蓉山に庵せしに、道俗の川湊するもの、僅數百人なり。日食粥一杯なるゆゑに、おほく引去す。師、ちかふて赴齋せず。あるとき衆にしめすにいはく、
夫れ出家は、塵勞を厭はん爲なり。脱生死求め、休心息念し攀縁を斷絶す。故に出家と名づく。豈に等閑の利養を以て、平生を埋沒す可けんや。直に須らく兩頭撒開し、中間放下すべし。聲に遇ひ色に遇ふも、石上華を栽うるが如し。利を見名を見るも、眼中に著屑に似たるべし。況んや無始より以來、是れ曾て經歴せざるにあらず、又是れ次第を知らざるにあらず、翻頭作尾に過ぎず。止此の如くなるに於て、何ぞ須らく苦苦に貪戀せん。如今歇めずは、更に何れの時をか待たん。所以に先聖、人をして只要ず盡却せしむ。今時能く今時を盡さば、更に何事か有らん。若し心中の無事を得れば、佛祖も猶是れ冤家なるがごとし。一切世事、自然冷淡なり、方に始めて那邊相應す。
儞見ずや、隱山死に至るまで人に見えんことを肯せず。趙州は死に至るまで人に告げんことを肯せず。擔は橡栗を拾つて食とし、大梅は荷葉を以て衣とし、紙衣道者は只だ紙を披る、玄太上座は只だ布を著る。石霜は枯木堂を置きて衆と與に坐臥す。只儞が心を死了せんことを要す。投子は人をして米を辨じ、同煮共餐せしむ、儞が事を省取することを要得す。且く從上の諸聖、此の如くの榜樣有り。若し長處無くんば、如何甘得せん。諸仁者、若也斯に於て體究すれば、的不虧人なり。若也承當を肯せずは、向後深く恐らくは費力せん。
山祖行業取無くして、忝く山門を主す。豈に坐ら常住を費やし、頓に先聖の附屬を忘る可けんや。今は輙ち古人の住持たる體例に略學せんとす。諸人と議定して更に山を下らず、齋に赴かず、化主を發せず。唯、本院の莊課一歳の所得を將て、均しく三百六十分に作して、日に一分を取つて之を用ゐる、更に人に隨つて添減せず。以て飯に備すべきには則ち作す、作飯不足なれば則ち作粥す。作粥不足なれば、則ち米湯に作る。新到の相見は、茶湯のみなり、更に煎點せず。唯一の茶堂を置いて、自去取用す。務要省縁し、專一に辨道す。
又況んや活計具足し、風景疎ならず。華は笑くことを解し、鳥啼くことを解す。木馬長く鳴き、石牛善く走る。天外の青山色寡く、耳畔の鳴泉聲無し。嶺上猿啼んで露中霄の月を濕らす。林底鶴唳いて風清曉の松を囘る。春風起こる時枯木龍吟す、秋葉凋みおちて寒林花を散ず。玉階苔蘚の紋を鋪き、人面煙霞の色を帶す。音塵寂爾にして、消息宛然なり。一味蕭條として、趣向すべき無し。
山祖今日、諸人の面前に向つて家門を説く。已に是れ不著便なり、豈に更に去いて陞堂し入室し、拈槌豎拂し、東喝西棒し、張眉怒目して、癇病發相似の如くなるべけんや。唯上座を屈沈するのみにあらず、況に亦先聖を辜負せん。
儞見ずや、達磨西來して、少室山の下に到つて、面壁九年す。二祖立雪斷臂するに至るまで、謂つべし、艱辛を受くと。然れども達磨曾て措了せず、二祖曾て一句を問著せず。還つて達磨を喚んで不爲人と作んや、二祖を喚んで不求師と做んや。山祖古聖の做處を説著するに至る毎に、便ち地の容身すべき無きを覺ゆ。慚愧づらくは後人軟弱なること。又況に百味珍羞、逓に相供養し、道ふ、我れは四事具足して、方に發心すべしと。只恐らくは做手脚不迭にして、便ち是れ隔生隔世せん。時光箭に似たり、深く可惜たり。然も是の如くなりと雖も、更に他人の從長して相度する在らん。山祖也強ひて儞に教ふること不得なり。
諸人者、還古人の偈を見るや。
山田脱粟の飯、野菜淡黄の齏、喫することは則ち君の喫するに從す、喫せざれば東西に任す。伏して惟んみれば同道、各自努力よや。珍重。
これすなはち宗單傳の骨髓なり。
高の行持おほしといへども、しばらくこの一枚を擧するなり。いまわれらが晩學なる、芙蓉高の芙蓉山に修練せし行持、したひ參學すべし。それすなはち祇園の正儀なり。
永井哲学と私(承認欲、愛のベクトル、菩薩の実践の逆説性、シモーヌ・ウェイユとウィトゲンシュタイン、順悟りと逆悟り) & 本堂回り、2019年9月19日
以前、ほぼ同趣旨のことを知人(顔見知り)が誰もいない状況として書いたが、それだと刹那的な存在承認が生じてしまう余地があるので、AIによって管理される終身刑のような状況を考えた方がよいだろう。ネット、テレビ等による外界の閲覧は可能という条件を付けたほうが論点は明確になる。
— 永井均 (@hitoshinagai1) 2019年9月14日
「承認欲」についてのツイートが琴線に触れたので、思ったことを書きます。
先生の比喩を少し変えれば、こういうことでしょう。
寿命が尽きるまでの食料品は宇宙船に乗せて、私はたった一人で宇宙に向かって旅立っている。四六時中、地球と交信ができてあらゆる情報は入手できる。ところが、ある日に気づくことがある。地球からの受信がちゃんと届いているのに、こちらからの送信はどういうわけか、地球には届いていないらしい。地球側から私の存在がまったく承認されていないのだ。当然、そのうちは地球の役所では勝手に「死亡届」が出されてしまうのだろう。そう気づいたときに、私が普通に、あるいは楽しく生きることはできるのだろうか?
私(=ネルケ)の考えでは、この例えはある意味では私たち人間の普通の状態を表わしているのではないかと思います。何せよ、「承認欲」というときに、「私の価値」ではなく、「私の存在」を承認してほしいという場合、ネルケ無方という個人の特徴などを承認してほしいというわけではもちろんなく、そいつの存在を承認してほしいわけでもない。個人としての私はどうでもよく、先生の表現を使えば、比類のない〈私〉を承認してほしいのだ! しかし、それは無謀なご注文であるのは承知の上で、だれでもいわば「送信のできない(届かない)宇宙飛行士」です。
先日、私が新宿で使っていた、シモーヌ・ウェイユの「愛するとは、他者の存在を信じることだ」という言葉は、言い換えれば「愛とは他者の存在の承認」とも言えるでしょう。この場合も、「承認する(=信じる)」とはもちろん、その人の個性を認めるとか、価値を認めるとか、つまりその人の比類のある存在(一切分の一の自分)を認める(信じる)ことではなく、認めようのないその人の比類のない存在(一切分の一切の自己、〈私〉)を認めてしまうのではないでしょうか。
生きとしえ生けるものの中の一つとしての私は、「私のかけがえのない存在を認めてほしい」という無理な注文を出し続けている。ところが、永井先生が繰り返し強調されているように、神ですらネルケ無方が〈私〉であるということに気づいていない。つまり、神の存在を想定しても、ネルケ無方は承認されても、肝心な〈私〉は承認されないのだ! 神ですら承認しえないこの〈私〉を、他者に承認してほしい、これは承認欲の正体ではないでしょうか(もちろん、ほとんどの場合はそれは外見、金、ステータスなどによって、個人としての自分を承認してほしいといういわば「普通の承認欲」に隠されていると思います)。
承認されたいのは、「私」としての存在ではなく、〈私〉の存在! こんな欲深い承認欲が満たされるはずもないが、菩薩(あるいはシモーヌ・ウェイユのような「聖人」)は逆に、自身は承認されようがされまいが、他者のそういう承認欲に答えようとしている。宇宙飛行士の例でいえば、「お前のこと、ちゃんと受信できているよ」という、届くかどうかわからないmessage in the bottleをそれでも、宇宙空間に向かって発信する。
純粋に愛することは、へだたりへの同意である。自分と、愛するものとのあいだにあるへだたりを何より尊重することである。
他の人たちがそのままで存在しているのを信じることが、愛である。
―(シモーヌ・ヴェイユ『重力と恩寵』より)
〈私〉を承認できるのは、最終的には他者ではなく、私のみである。しかし、そのきっかけを他者が作ることはできる。「お前はかけがえのない存在を生きている」・・・送信されたこのメッセージがはたして受信されるかどうかは、送信した本人にはわからない。しかし、同じメッセージをかつて受信し、〈私〉に気づかされてしまった経験のあるものなら、他者にも発信せずにはいられないだろう(=したがって、菩提樹の下でこのメッセージを受信したブッダは、ただ単に「おしゃべり好きで」生きとして生けるものに向かってそのメッセージを「転送」したとは思えない。釈尊の悟りはいわば転送せずにはいられない「迷惑メール」であった!)。
このことはまさに、私が新宿で提起しようとして問題とつながっています。
親がそれぞれの子供の個性を認め、価値を認め、「己の内部」として愛したとしても、子供の承認欲はそれで満たされないでしょう。子供は親から、「みんなと同じように」愛されたいのではなく、ましてや「親の一部」として承認されたいでもなく、比類のない存在(したがって兄弟の仲の一人ではなく)として承認されたい。ところが、最愛の親もそのご注文だけには答えられない。内山老師の表現を使えば、奥さんと自分は二分の一の存在ではなく、一分の一の存在。親と子供も一分の一の存在。ところが、その一分の一の存在をこの〈私〉ととらえて、したがって生きとし生けるものを「〈私〉の内容」として受け止めてしまえば、他者の〈私〉を否定してしまい、その比類のない存在を承認できなくなるでしょう。
だから、第六図(比類のない〈私〉への気づき)からさらに出て、第一図(私秘性:だれでも「比類のない存在」である)を迂回し、他者に「お前こそ、比類のない存在」という矛盾したmessage in the bottleを送るの、菩薩だと思っています。
たとえはまずいかもしれませんが、複数の子供の耳元で、それぞれほかの子供の聞こえないように、「これは絶対に秘密にしなければならないことだが、実はお前のことだけ愛している」とささやくようなこと。そしてこのメッセージが届くころには、そうやって愛されているのは「兄弟の中の一人」の自分ではなく、まさに比類のない存在であったという気づきを願う。子供がそう気づいてくれれば、そういうふうに愛されているんは実は自分だけではなかった(しかし、自己だけであった)と気づく。
最後に、個人的な体験で恐縮ですが、坐禅を初めて三年目、高校生の頃に三週間ほど山小屋に籠ったことがあります。無口で、一人でいるのが一番好きな私が驚いたのは、「寂しい!!!」という感覚でした。一日に一回、夕方に近くの農家に牛乳をもらいに行きましたが、朝からこの農家のおばさんと一言だけでもかわすことを楽しみに、その一日を過ごしていました。
その十年後、28歳の頃には5週間ほど、山にテントを張って籠ったことがあります。そのころは、高校生の経験があったので、食料品の心配なども、寂しさに耐えられるのだろうかという不安がありました。ところが、そのころは全く「寂しい!」という思いは起こらず、もっぱら野ネズミと食品を巡って戦っていました。
その差はなんだったのかわかりませんが、高校生の頃よりも28歳の頃から、〈私〉の比類のない存在に安住することができるようになっていたかもしれません。人から承認されなくても、自身で承認できるようになっていたのではないでしょうか。そして現在の私の公案は、いかに他者を(その人の)〈私〉への承認へ導くか、ということかもしれません。
長々とすみません。
このたとえはある意味では私たち人間の普通の状態を表わしているのではないかと思います。…「私の価値」ではなく「私の存在」を承認してほしいという場合、ネルケ無方という個人の…の存在を承認してほしいわけでもない。……比類のない〈私〉を承認してほしいのだ! しかし、それは無謀なご注文で…
— 永井均 (@hitoshinagai1) 2019年9月16日
「ある意味ではむしろ逆」というより端的に真逆といえるだろう。「私たち人間の普通の状態」が、じつは(AIによって管理される終身刑状態のように)自分が存在していることを誰にも知られずに生きている状態なのだ、というそのことの自覚それ自体が救いとなりうる、という思想なのだから。
— 永井均 (@hitoshinagai1) 2019年9月17日
ツイッターのアカウントを持っていないので、プライベートメールでの返信をお許しください。
先生と私の「真逆」のアプローチを順修行と逆修行として理解してよろしいでしょうか。順修行の場合、今まで「私」だけを生きている者が、実は(他の誰にも気づかれえない)〈私〉をも生きていることに気づいて、一人の人間から一服することに一種の救いを見出している。私(逆修行)の場合、ゲームの虚しさに気づいて、一人の人間であることから一服していたものは、他のプレーヤーにも同じことに気づいて欲しいと願うようになる(発菩提心)。そのために、再びゲームに参加し、従来の「私」というコマを演じながら、新しい菩薩のルール(布施、愛語、利行、同事)で遊ぶことによって、他のコマ(『私』たち)たちに「お前はコマだけじゃない、ゲーム全体を見渡している存在だよ」と呼びかける。しかし、そのためにこちら側は〈私〉に安住せず、「私」に戻らなければなりません。また、相手の承認し得ない〈私〉を承認し(承認させる)ために、いったん相手の「私」を承認しておくという迂回路を取らなければならない。
差別的な表現を恐れず、順修行の順悟りが小乗的ならば、逆修行の逆悟りが大乗的ではないでしょうか。
私から見れば、「真逆」というより、順悟りは逆悟りの準備段階。
ゲームの虚しさに気づいて、一人の人間であることから一服していた者は、他のプレーヤーにも同じことに気づいて欲しいと願うようになる(発菩提心)。そのために、再びゲームに参加し、従来の「私」というコマを演じながら、新しい菩薩のルール(布施、愛語、利行、同事)で遊ぶことによって、
— 永井均 (@hitoshinagai1) 2019年9月18日
もちろんこれも宗教で、宗教だから当然ある語りえぬことを言葉で語ってある一般的な「教え」を作り出すのではあるが、この大乗仏教の菩薩の実践はとりわけあからさまにパラドクシカルな実践のようだ。「お前はコマだけじゃない、ゲーム全体を見渡している存在だよ」「では、そう言うあなたは?」
— 永井均 (@hitoshinagai1) 2019年9月18日
ウィトゲンシュタイン 「論理哲学論考」
序
この書物を理解するのは、おそらく、ここで表現された思想(あるいは、少なくとも類似した思想)を、かつて、一度は、自分自身で考えたことのある者ばかりであろう。ーつまり、本書は教科書ではないのであるー。本書を理会して読む者が一人でもあって、彼に楽しみを与える事ができさえすれば、本書の目的は達せられる。
本書は哲學の諸問題を扱い、ー私の確信するところではー、これら諸問題に対する問いの立て方自体*が、われわれの言語の論理における誤解に基づいている、ということを示す。
本書全体の意味するものは、概略以下の言葉に把握され得るであろう:語りうるものは明確に語らねばならない。しかし、語り得ぬものに対して、人は沈黙しなければならない・・・
(armchairanthroposophyst.hatenablog.com/entry/20160312/1457754835 より引用)
1 世界とは、起きていることすべてである。
1.1 世界は事実の全体であり、ものの全体ではない。
1.11 世界は事実によって、そしてそれらが事実のすべてであることによって、規定されている。
・・・
6.5 言い表わせない答えに対しては、問いもまた言い表わすことができない。謎は存在しない。問いが立てられるのならば、答えを与えることもまた可能である。
6.51 問うことのできないところで疑おうと試みるがゆえに、懐疑論は反論不可能なのではなく、あきらかにナンセンスなのである。問いが成り立つところでのみ、疑いも成り立ち、答えが成り立つところでのみ、問いが成り立つ。そして答えが成り立つのは、ただ、何ごとかを語ることができるところでしかない。
6.52 たとえ、科学で可能なすべての問いが答えられたとしても、生の問題はまったく手つかずのまま残されるだろうと、われわれは感じるのである。もちろん、その時もはや問うべき何ごとも残されていない。そしてまさにそれが答えなのである。
6.521 生の問題の解決は、問題の消滅によって気づかれる。(長い懐疑ののち、生の意義が明らかになった人々が、それでもなおその意義がどこにあるか語ることができない、その理由はまさにここにあるのではないか。)
6.522 もちろん言い表わせないものが存在する。それは自らを示す。それは神秘である。
6.53 語りうること、すなわち自然科学の命題--すなわち哲学とはなんの関係も無いこと--以外は何も語らぬこと。そして誰かがなにか形而上学的なことを語ろうとした時、そのたびに、あなたはあなたの命題のこの記号にいかなる意義も与えていないと指摘する。これが、本来の正しい哲学の方法である。この方法はその人を満足させないだろう。--彼は哲学を教えられている気がしないだろう。--しかし、これこそが、唯一厳密に正しい方法なのである。
6.54 私を理解するひとは、私の命題をよじ登り--その上に立ち--それを乗り越え、最後にそれがナンセンスであると気づく。このようにして私の命題は解明的である。(いわば、梯子をのぼりきった者は梯子を投げ捨てねばならない。)私の命題を超えねばならない。その時世界を正しく見るだろう。
7 語りえぬことについては、沈黙するしかない。
(tractatus-online.appspot.com/Tractatus/Meiryojp/4.html より引用)
ぼく:愛するって、どういうことかな?
ペネトレ:二つの種類の愛があるな。世界のはずれから世界の中心に向かっていく愛と、世界の中心から世界のはずれへ向かっていく愛の二つだ。…世界の中心っていうのは、もっと深い、すべての意味の源であるような、そういう中心なんだよ。…中略…もし、きみがだれかに対して、そういう世界の中心がそこにあるって感じたなら、それは愛だよ。
ぼく:ふーん。でも、中心の方からすみっこに向かう愛もあるんでしょ?
ペネトレ:そうさ、自分自身に、すこしでも世界の中心とつながっているっていう安心感があって、その安心感をすみっこにいるあの人にも分け与えてあげたいって感じたとすればね。それも愛だよ。
―(永井均『子供のための哲学対話』)