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再び永井均さんの哲学について、2016年4月6日

永井均さんから、「存在と時間―哲学探究1」という新しい御著書が届きました!
そこで再び、「≪私≫はなぜ私?」という問いについて、考察してみました。

二週間ほど前、私は次の問題を提起しました:
「〈私〉はなぜ私?」という問いは、誰の問いか。私の問い、それとも〈私〉の問いか。

私の今の気持ちとしては、その問題は解決されました!(これで本当に「解決」といえるかどうか、わかりませんが・・・)
どう解決したかといえば、「〈私〉」という言葉を、「現実」という言葉に置き換えるによって、
「私はなぜ〈私〉か?」という問は、「私はなぜ現実か」という問に変わります。その問いは誰の問かといえば、もちろん私の問でもあり、(今ここの問であれば)現実の問でもあります。
私が同じ問を、明日にも同じように問うたならば(あるいは、別次元のドッペルゲンガーとか、〈私〉ではなくなった場合の私(風間さんの質問)など)その問は字面上では同じ問でも、同じ問ではない。なぜならば、現実化が可能な無数の問の中で、「現に」現実の問は今ここの問だけであって、それ以外の問は「なぜ私が現実の私」「なぜ今が現実の今」という形をとったとしても、「現実ではない」という一番本質的な意味においてでは、けっして同じ問ではない。そして、永井均先生がおっしゃるように、この違いこそ、この問で問われている。

私をこの二週間で惑わせていたのは、「私(ネルケ無方)の中に宿っている別の〈私〉〉」という考えでした。
宿っている〈私〉はいわば「完全な受動的意識」のように、後ろで手が縛られ、猿ぐつわされ、考えることすら許されていない魂です(そういう意味では、キリスト教やヒンドゥー教の魂とは違います)。
宿われている私は、現にビデオの前で話している私=ネルケ無方です。しかし、このネルケ無方が〈私〉であることには気づいていないはず、と私は考えていました。それは間違いでした。

「宿っている私=〈私〉」「宿われている私=私(ネルケ)」という風に考えてしまうと、「『私はなぜ〈私〉か?』という問は、誰の問か」という二重の問に答えられなくなってしまいます。

つまり、
宿っている私=〈私〉
宿られている私=私

というのが間違いで、
むしろ
現実(いまここ)=〈私〉
私=私

でなければならない(はずです)。
「私はなぜ〈私〉か?」という問の意味は、「なぜこの私の世界だけが現実なのか」でした。それは私の問であり、今ここにおいてのみ現実の問です。

途中からは、倫理の問題について話しています。
問題1:「現実の私が≪今ここ、この人≫しかないのに、そうして完全にエゴイスティックな生き方ができないのか。逆に、エゴイスティックになり切れないのに、どうして≪自他一如≫の実感もないのか?」
問題2:「今日の快楽のために、明日の≪私≫を犠牲にする人もいれば、その逆もいる。現実では明日の≪私≫の世界を現実の私の世界と連続しているようにとらえているのに、他者の世界をそう捉えていないのはなぜ?また逆に、ケチな人は明日の≪私≫のためにためているが、借金してまで人におごる人もいるのはなぜ?」
などについて、まとまらない考えを述べています。

最後の二本のビデオでは
「私が痛い」
という時の、様々な「痛い」と様々な「私」について考察します。

「痛い」そのものも、
「痛い」というラベルを張るものも、
それを「深い」に感じるのも、
それから逃れようとするものも、
それを我慢しようとするものも、
それを無視しようとするものも、
「時間はまだかなぁ」と思うものも、
「いまここ」になりきろうとするものも、
それを真上から、ジーと観察するものも、
すべては私であり、決して〈私〉ではないのです。
いや、現実であるという意味では、すべては私であり〈私〉ですが、曽我量尽さん的に言い換えれば、
すべての私は〈私〉であって、〈私〉は私でありえない
どんな時でも、その時だけは「現実」ですが、その現実は時間内の出来事ではありません。

永井均さんの哲学について、2016年3月21日

永井均さんの哲学について、三つの疑問:
1)「≪私≫はなぜ私?」という問いは、誰の問いか。私の問い、それとも≪私≫の問いか。
2)私、≪私≫と天地いっぱいの自己(あるいは真我、あるいは阿弥陀如来・・・)の関係は何か。
3)≪私≫という立場に立ったとしても、それは最終的には善悪の判断基準に影響しないのではないか?

まずは一番目の問題提起から:「≪私≫はなぜ私?」と問うているのは、私?それとも≪私≫?

「哲おじさん」「学くん」と「悟じいさん」について:
私、≪私≫と天地いっぱいの自己(あるいは真我、あるいは阿弥陀如来・・・)の関係は何か。

私(ネルケ無方)自身の考え:
「「「私はだれ?」と問うている私はだれ?」と問うている私は・・・」
本当の私は、幻の階段を登りきったところで待っているのではなく、一段下がったところにあった!
羊の群れと、羊飼いと、空と草原の比喩(非思慮すなわち「頭の手放し」の話)

最後の問題:
「私はなぜ私?」という問いと善悪の関連について。

「学くん」のように、徹底した≪私≫という立場に立ったとしても、それは最終的には善悪の判断基準に影響しないのではないか? むしろ、私と≪私≫の両極を行き来し、グレーゾーンのようなところにいるから、善悪が善悪として問題になり、「したいけどできない、しなければならないけどいや」というようなジレンマに悩ませるのでは?

去年の「哲おじさんと学くん」の紹介:

大河の輪講「重雲堂式」、2016年2月13日

原文:
一 堂中の衆は、乳水のごとくに和合して、たがひに道業を一興すべし。いまは、しばらく賓主なりとも、のちにはながく佛祖なるべし。しかあればすなはち、おのおのともにあひがたきにあひて、をこなひがたきををこなふ、まことのおもひをわするることなかれ、これを佛祖の身心といふ。かならず佛となり祖となる。すでに家をはなれ、里をはなれ、雲をたのみ、水をたのむ。身をたすけ、道をたすけむこと、この衆の恩は父母にもすぐるべし。父母はしばらく生死のなかの親なり、この衆はながく佛道のともにてあるべし。
一 ありきを、このむべからず、たとひ切要には一月に一度をゆるす。むかしのひと、とをき山にすみ、はるかなる、はやしに、をこなふし。人事まれなるのみにあらず、萬縁ともにすつ、韜光晦跡せしこころをならふべし。いまはこれ頭燃をはらふときなり、このときをもて、いたずらに世縁にめぐらさむなげかざらめや、なげかざらめやは。無常たのみがたし、しらず露命いかなるみちのくさにかをちむ、まことにあはれむべし。
一 堂のうちにて、たとひ禪冊なりとも文字をみるべからず、堂にしては究理辨道すべし。明窓下にむかふては古教照心すべし。寸陰すつることなかれ、專一に功夫すべし。
一 おほよそ、よるも、ひるも、さらむところをば、堂主にしらすべし。ほしいままに、あそぶことなかれ。衆の規矩にかかはるべし、しらず今生のおはりにてもあるらむ。閑遊のなかにいのちをおはん、さだめてのちにくやしからん。

越智の輪講:学道用心集「直下承当の事」&正法眼蔵「重雲堂式」、2016年2月12日

~トピックス~
各々の坐禅:ネルケ無方・南直哉・藤田一照のアプローチ。国家・家族・叢林における調和の意味。四馬(しめ)と大道の話うんぬん・・・

原文:
右、身心を決択(けつちゃく)するに、自(おのず)から両般(りょうはん)あり、参師聞法(さんしもんぽう)と、功夫坐禅(くふうざぜん)となり。
聞法は心識を遊化(ゆげ)し、坐禅は行證を左右にす。
是を以て佛道に入るに、尚ほ一を捨てて承当(じょうとう)すべからず。

原文:
夫、人は皆な身心あり、作は必ず強弱あり。
勇猛と昧劣となり。
也たは動、也たは容、此の身心を以て、直に佛を證す、是れ承当なり。
所謂従来の身心を回転せず、但だ他の證に随い去るを、直下(じきげ)と名ずくるなり、承当と名
ずくるなり。
唯だ他に随い去る、所以(ゆえ)に旧見に非ざるなり。
唯だ承当し去る、所以に新巣に非ざるなり。

原文:
一 道心ありて名利をなげすてんひといるべし。いたづらに、まことなからんもの、いるべからず。あやまりていれりとも、かんがへていだすべし。しるべし道心ひそかにをこれば、名利たちどころに解脱するものなり。おほよそ大千界のなかに、正嫡の付屬まれなり。わがくにむかしよりいまこれを本源とせん。のちをあはれみて、いまをおもくすべし。

坐禅の説明と、「なりきっているかどうか」の基準、2016年2月11日

かすんでいる中で、堂頭が英語で坐禅の足と手の組み方を説明しています:

日本語のアーカイブにも詳しい説明があります:

正しい坐り方
正しい坐り方(2)
正しい坐り方(3)
正しい坐り方(4)
正しい坐り方(5)
正しい坐り方(6)
正しい坐り方(7)
正しい坐り方(8)
正しい坐り方(9)
正しい坐り方(10)
正しい坐り方(11)
正しい坐り方(12)
正しい坐り方(13)
正しい坐り方(14)

足の組み方について:

足を組む
足を組む (2)
足を組む (3)
足を組む (4)
足を組む (5)
足を組む (6)

手の組み方について:

手を組む

その他:

正身端坐

ただ坐る

ただ坐る

「坐禅しても、何もならない」
「ならば、なぜ坐禅をするのですか?」
この問いから出発して、坐禅に向かう姿勢、環境の整理、身・息・心のととのえ方から、坐禅と実生活の結び付きまで説明している一冊です。

書評:finalvent.cocolog-nifty.com

AMAZONで注文: ただ坐る

雲堂の坐禅インストラクション:

今朝の輪講の質疑応答では、ノブが神田に「なりきっているかどうか」の基準を聞いてみました:

無方の近況報告・今後の予定、2015年10月23日

お世話になったご寺院など:

浄泉寺
埼玉県にある築100年の古民家を改造し、新しいお寺の本堂・・・。既成仏教の寺院というより、これからの時代を切り開こうとするフリースペースかもしれません。法話会、子供会からヨガまで、その幅広い活動は昔の寺子屋の伝統を現代に生かせている思いがします。
法話の抄録:いのちの法話会 (2015年10月3日)

フリースタイルな僧侶たち
未来の仏教の在り方を模索している、宗派を超えた若い僧侶たち。彼らは今、形にとらわれないで、様々な場で活動しています。
10月5日、浄土真宗の光明寺でに行われた吉村昇洋師との対談の様子は、竜雲寺さまのHPで紹介されています:悟りとは? ~井戸端トーク 番外編~

曹洞禅ネット
曹洞宗の公式サイト。
10月6日は、曹洞宗でお世話になりました:「禅をきく会」開催報告

長光寺
10月10日、藤沢市にあるACCの湘南教室で話と椅子坐禅をさせていただいて、夜は函南にある長光寺で泊めていただき、ユニークな活動をされている柿沼和尚に初めてお目にかかりました。

True Nature
10月11日は、東京の千駄ヶ谷に拠点を置いているヨガ・スタジオで坐禅ワークショップを行いました。

veda | yoga life with 吉川めい
吉川めい先生がプロデュースする、南青山のコンセプト・スタジオ。このたび、正式に講師として任命されました:啐啄同時
10月12日は「プラクティスが山を越え、海を越えるとき」と題して、師弟の関係についてお話をし、13日は早朝の静かな時間の中で「ただ坐り」ました。

瑞岩寺
群馬県にある、「頼りになる寺」。
「人生相談、悩み相談、寺子屋講演会、座禅、写経、、観音巡拝、旅行、本山研修、寺子屋ライブ、葬儀・墓石・仏壇の請負などをできるかぎり行っています。是非、何かお困りのときは瑞岩寺までご一報下さい」
17日の講演の様子:寺子屋講演会 ネルケ無方さん『青い目の禅僧が説くトマトときゅうりの修行論』!&蒼い目の禅僧ネルケ無方氏の講話in瑞巌寺

雲水喫茶
ベルリンでご活躍中の星覚さんのホームページ。
「雲の如く、水の如く、姿形を変え、とどまることなく流れる生き方。『雲水のライフスタイル』を共有し、日常の中で実践していくことが日本を、そして世界を、幸せな笑顔で満たすことに繋がるんじゃないか・・・。『雲水喫茶』は、そんな暮らしの中にたたずむ一軒の『茶屋』のような存在でありたいと思っています。この一服が、皆様のキラキラと輝く日常に少しでも貢献できればとっても嬉しいです。それでは、ごゆるりと」

彼岸寺
超宗派仏教徒によるインターネット寺院。
「あなたは仏教と聞いて、なにを思い浮かべますか? ちょっと考えてみるだけでいろんな答えが浮かんでくると思いますが、どれも間違いではありません。ある意味では、それらすべてが仏教だとも言えるでしょう」

長谷川俊道師、橋本英樹師と柿沼忍昭師のご著書:

    

11月の予定:
4日(水) 18:30 「What is Zen? ドイツ人僧侶が語るニッポンの禅」@FTホール 〒960-8101 福島県福島市上町4−25(参加費 1,000円)
■ お問い合わせ ■ 仏教青年会事務局 常泉寺 Tel. 024-542-3821
5日(木) 19:00~21:00 「死の正体」@「サンガくらぶ」〒101-0052 東京都千代田区神田小川町3-28-7 JR御茶ノ水駅 聖橋口より徒歩5分(参加費一般 2,500円)
■ お問い合わせ ■ 電話:03-6273-2181/FAX:03-6273-2182 メール予約受付窓口:samghaclub@samgha.co.jp
15日(日) 13:00~14:30 NHK文化センター京都教室で講演
■ お申し込み ■ :nhk-cul.co.jp/programs/program_1087341.html
16日(月) 10:00~12:00 曹洞宗岐阜県青年会の布教講習会@みの観光ホテル 〒501-3753 岐阜県美濃市松森333-1
22日(日) 9:30~ 法話@譲伝寺 〒689-0425 鳥取県鳥取市鹿野町今市39
25日(水) 14:00~16:00 「聞くだけ禅修行」@キャンディ(スリランカ料理店) 〒103-0027 東京都中央区日本橋2-7-1
■ お問い合わせ ■  Tel: 03-6262−14072 メール・フォーム
25日(水) 18:00~19:30 「死と私」(臨床宗教師育成事業〜傾聴と受容を学ぶ)@鶴見大学 〒230-0063 神奈川県横浜市鶴見区鶴見2丁目1−3
26日(木) ① 6:45-7:45 ② 8:00-9:00 「ただ坐る」コンセプトスタジオ veda
■ お問い合わせ ■  〒107-0062 東京都港区南青山4-17-3, 2f  Tel: 03-6447-1502 info@maeyoga.com

安泰寺の近況・本の紹介「仏教思想のゼロポイント」(魚川祐司)、「禅の根拠」(南直哉)など、2015年9月12日

今秋の講演の予定: https://antaiji.org/muho/events/?lang=ja
新しいPodcast (「愛&仏教」と原発問題について):  http://podcast5.kiqtas.jp/kikikomi/archives/2015/09/122-2.html

英訳の経典について(日本語と英語のウィキペディア):
般若心経 Heart Sutra
金剛般若経 Diamond Sutra
達磨 Bodhidharma
六祖壇経 Platform Sutra
楞伽経 Laṅkāvatāra Sūtra



長谷川俊道老師がご来山、2015年8月31日

瑞岩寺のHP: zuiganji.com
ブログ :  ameblo.jp/zuiganji
長谷川さんのFB: facebook.com/toshimichi.hasegawa
Podcast:  itunes.apple.com PCで聴く→ podcast5.kiqtas.jp/kikikomi
10月17日の講演会のFB: facebook.com/events/431670773683310
講演会のチラシ: zuiganji.com/pdf/neruke-2015.pdf

長谷川さんのご著書:

『安泰寺禅僧対談』発刊記念フェア、『Buddhist』試写会、7月のスケジュールなどについて、2015年6月30日

佼成出版社刊『安泰寺禅僧対談』(藤田一照×ネルケ無方)発刊記念フェア

『倒れたところで立て!』思想と身体――――畏端の禅僧が選ぶ坐右の書

★6月26日(金)~7月26日(日)
会場:紀伊國屋書店新宿本店3F 宗教書コーナー
〒163-8636 東京都新宿区新宿3-17-7
お問い合わせ:紀伊國屋書店 新宿本店 TEL03-3354-5703(直通)

ドキュメンタリ映画『Buddhist』関西試写会

【日時】
平成27年7月14日(火)
14:00 開場
14:30 上映
15:40 上映終了 トーク
16:30 終了

※トーク出演者
 後藤サヤカ(監督)
 藤岡延樹(浄土真宗僧侶)
 今城良瑞(真言宗僧侶)

【場所】
シアターセブン
http://www.theater-seven.com
〒532-0024 大阪市淀川区十三本町1-7-27 サンポードシティ5階
「淀川文化創造館Theater Seven(シアターセブン)」

7月のスケジュール

antaiji.org/muho/events

夏期大学『禅といま』

第16回夏期大学講座「禅といま」受講生募集

3 new bodhisattvas

facebook.com/shoukou.nosen/posts/1781412452085419

新刊『安泰寺禅僧対談』の紹介、ドキュメンタリ映画『Buddhist』の予告編、2015年6月18日